最も成功を収めている者たち-クルド人の圧倒的な存在感-

マンビジが人民防衛隊(YPG)を主体としたシリア民主軍(SDF)によって解放されました。包囲された町で徹底抗戦を誓ったイスラム国は皆殺しにされたのでしょうか。それとも降伏したのでしょうか。映像をいくつか見ているのですが、陥落したマンビジの市内は戦闘の傷跡は生々しいですが、イスラム国の姿かたちは映像にはあまり出てきません。僕が訪れたコバニは戦闘が終結して2カ月が経過したにもかかわらず、ミイラ化したイスラム国の遺体が町中に数多く野ざらしにされていました。

https://www.theguardian.com/world/2016/aug/19/isis-civilians-syria-manbij-human-shield

昨日、金曜日にSDFが公開した写真です。車両が点在しており、周囲には無数の人影が見えます。イスラム国の戦闘員ですが、SDFの許可を得て、堂々と撤退しています。なぜSDFは許可を与えたのか。それは車両には戦闘員の他に一般市民も紛れています。イスラム国は住民を人間の盾、人質にして、マンビジからの安全な退路を確保したようです。

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牢獄の中で奪われる命

こちらの動画が多くのメディアで取り上げられています。

https://www.youtube.com/watch?v=7cfBmRW3isc

昨日、17日のことです。アレッポ東部の町Qaterji近郊でアサド政権、もしくはロシア軍の戦闘機が空爆を行いました。崩壊した建物から救出された一般市民の中には子供も多数含まれていました。最初に救出された男の子はOmran Daqneesh、5歳です。何が起きたのか分からない様子で一人椅子に腰かけています。その後、さらに二人の子供が救助されます。合計、4人の子供と男性2人、女性1人が負傷しました。

Omranは市内にある病院に搬送され、治療を受けました。この日、イドリブでも空爆があり、17人が殺害され、30人以上が負傷しています。こうした映像は毎日のように伝えられます。その中の一つが外の世界からの関心を呼び起こしましたが、1週間も経てば、風化しちゃいます。シリアの惨状を伝えた記録は風化速度が一瞬です。なぜなら、一般市民を巻き込んだ戦争に終わりが見えないからです。

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アレッポからの手紙-医師からの願い-

シリアの内戦を見ると、秩序が崩壊しています。でもそれが戦争だから、仕方がないのかもしれません。戦争をしていない場所で、現在進行形で繰り広げられている戦争を止める手段を考えても、戦争をしている国で暮らす人々には何の助けにもならないでしょう。それでも、自らの力で戦争を止められない状況では、外からの力に望みを託すしかないのでしょう。目の前で人がバタバタと殺されているのですから。

http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/aleppo-siege-doctors-syria-starvation-assad-forces-russian-airstrikes-humanitarian-crisis-a7183281.html

包囲されていたアレッポですが、反体制派の猛攻により小さな穴が空きました。それでも物資の不足は著しく、燃料は高騰し、インフラは壊滅状態、衛生面は最悪の状況です。さらに上空からはアサド政権とロシアによる爆弾の雨が降っています。アレッポには数少ない医師が懸命に負傷者の手当を行っています。そんな彼らからオバマ大統領に宛てたメッセージが送られました。翻訳(意訳)してみたいと思います。

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アレッポとマンビジ

ここ最近のシリアでの大きな戦闘は二つあると思います。アレッポとマンビジです。2015年4月、コバニに訪れた際に、何人かの住民から「家族がマンビジでダーイシュに捕えられている」と聞きました。今回の作戦で彼らの家族は無事に解放されたのか気になります。

http://www.bbc.com/news/world-middle-east-36995759

マンビジはシリア北部の交通の要衝です。2年以上、イスラム国の強力な支配下に置かれていました。それが今回、クルド人(YPG、YPJ)主体のSDF(The Syria Democratic Forces )によってイスラム国から奪還されました。アメリカ率いる有志連合の空爆の援護を受けて、マンビジを包囲、イスラム国への投降を呼びかけたが拒絶、市街戦に突入し、先週の金曜から土曜、8割以上がSDFの支配下に置かれました。

http://www.kurdistan24.net/en/news/0b76a923-38d2-4292-b826-428235fbf911/Kurdish-led-forces-completely-liberate-Manbij–Syrian-Observatory

5月31日から開始されたマンビジ解放作戦は多くの死傷者を出しました。シリア人権監視団の報告によれば、432人の市民、そのうち104人が10歳以下の子供、54人の女性が亡くなりました。ただ、米軍主体の有志連合の空爆で、203人の市民、そのうち52人の子供と18人の女性が亡くなっています。半分程度が誤爆による死者になります。

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ヌスラ戦線からレバント征服戦線へ

7月28日、ヌスラ戦線がアルカイダから決別し、新たな組織を立ち上げました。「Jabhat Fateh al-Sham, or “the Front for the Conquest of the Levant.”」。アラビア語だと「جبهة فتح الشام‎‎」。日本語だと「ジャブハ」が「戦線」、「ファトフ」が「征服」、「シャーム」が、、、ダマスカスを「アッシャーム」と言いますが、ここではシリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナを含めた地域の「シャーム」だから、「シャーム征服戦線」か「レバント征服戦線」ですか。頭文字を取って、「JFS」と記すことにします。ヌスラ戦線の最高司令官「Abu Mohammed al-Jolani」の素顔も公開されました。本名は「 Ahmed Hussein al-Shara」です。1984年生まれ、シリア南部のダラー出身です。

http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/nusra-al-qaeda-split-syria-jihad-jabhat-front-a7161321.html

ロシアとアメリカを筆頭に「ヌスラ戦線」はアルカイダ系に属するテロリスト集団に色分けされていました。それが、「ヌスラ戦線」を叩く理由にもなりました。しかし、今回、アルカイダから脱退したことで、この根拠は事実上は破綻しました。黒を基調とした国旗は柔らかな白へと変わりました。アルカイダの頭目であるザワヒリは今回の決定に神のご加護をと承諾しています。 続きを読む

アルカイダを育てた肥沃な大地-ヌスラ戦線-追加-

現在発売中の「新潮45」8月号に記事を掲載しています。僕自身について書かせていただきました。フリーを始めてから現在に至るまでの経緯を振り返っています。読者の方には「誰だ?こいつ」と思われているかもしれませんが、このブログを見ていただいている方であれば、多少は僕のことをご存じだと思うので、もしよろしければ目を通していただければ幸いです。

http://www.huffingtonpost.com/entry/under-pressure-syrias-rebels-face-al-nusra-quandary_us_578bbd07e4b0e7c8735055e4

以前にも取り上げたCharles Listerからの記事になります。アレッポの反体制派の中心地へと繋がる唯一の補給路が遂にアサド政権の手に落ちました。内側に取り残されている人々は300000人以上であると推測されています。封鎖されてから数日が経過して、燃料や食糧が枯渇し始め、果物、野菜、肉が市場から消え、食料の値段も400パーセントの上昇率を見せています。シリア全土で600000人がアサド政権、反体制派、イスラム国などに包囲されていますが、今回の一件で一気に900000人に増加しました。兵糧攻めだけでなく、樽爆弾、ミサイル攻撃はなおも続いており、活動家、支援団体は緊急の援助を求めていますが、国際社会の反応は芳しくありません。 続きを読む

誰が味方で誰が敵なのか-アレッポ・イドリブ-

反体制派の地域であれば、誰もが手を取り合って「反アサド」を標榜している。そんな希望のある時代は終わりました。イスラム国の台頭により、「反アサド」に「反イスラム国」が加わりました。そして、現在はさらに「反ヌスラ戦線」、「反ジュンディ・アルアクサ」などのアルカイダ系勢力が市民の中に浸透しつつあります。こちらの記事を詳しく見ていきます。

http://www.al-monitor.com/pulse/originals/2016/06/syria-aleppo-idlib-assassinations-oppposition.html

タイトルは「Who is killing Syrian opposition figures in Aleppo, Idlib?」です。答えは簡単じゃないかと思われる方もいるかもしれません。反体制派の重要人物を殺害するなんてアサド政権とそれに追随するロシア、イラン、ヒズボラだろ。あとはイスラム国か。でも、反体制派が殺害されている場所は反体制派地域であり、暗殺は空からではなく、仕掛け地雷だったりします。明らかに反体制派内に修復できない亀裂が走っています。政権側の人間は手を叩いて喜んでいることだろうと思われます。 続きを読む

アルカイダを育てた肥沃な大地-ヌスラ戦線-

Charles Listerからのシリアの分析記事になります。たまに批判されたり、誤りを指摘されたりしていますが、内戦に陥ったシリアを継続的に分析されている一人かと思います。僕も学ばせていただいています。

http://www.thedailybeast.com/articles/2016/07/06/al-qaeda-reaps-rewards-of-u-s-policy-failures-on-syria.html

戦争と外交とは密接な関係にあります。しかし、一方でシリアの現状を見れば、もはや話し合いから有意義な結果を導き出すこと、ましてや解決など望めません。アサド政権は敵対勢力を嘲るか殺戮すること以外には政治的な解決など考えていません。一方で、彼を支持する側の人間に対しては、彼の身の安全を確保するために命を危険にさらしてでも防衛させます。

にもかかわらず、アサド政権の生存に大きな利益を施しているのは、アサド自身でもなく、ロシアでもイランでもヒズボラでも、さらにイスラム国でもなく、実はアルカイダなのです。5年の歳月が流れ、政略的な硬直状態に陥り、過激的な思想が徐々に表明化していく中で、シリア内戦の火種を沈静化しようとする欧米諸国の失策からアルカイダは利益を得ていました。アルカイダとはアルカイダ系のヌスラ戦線を示します。ヌスラ戦線は今年に入り、3000人以上のシリア人の戦闘員を獲得しました。 続きを読む

シリアを伝え続けた二人の市民記者

ご無沙汰していました。約3カ月ぶりにブログを更新します。ツイッターでは度々、近況やシリアのことなどを呟いていました。4月中旬から5月末までトルコに滞在していました。またありがたいことに、拙著「シリア 戦場からの声」が山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞しました。光栄なことです。ただ、今後、シリアを訪れる予定はありません。そのため、今はぽっかりと胸に穴が空いたかのように、考え事ばかりしています。なぜシリア行きをあきらめたのか。これまでも様々な障壁がありましたが、それでも何とかして入国してきました。でも、現在のシリアは誰が敵で誰が味方なのかが把握できない状態です。

今回、久しぶりの書き込みは、ある二人の市民記者の悲報を耳にしたからです。Hadi al-AbdullahとKhaled al-Essaです。Khaled al-Essa(24 or 25)はイドリブ北西の小さな町、Kafranbel or Kafr Nablの出身です。6月16日、彼らが拠点としていたアレッポのアッシャール地区の自宅前で二人は仕掛け爆弾により重傷を負いました。すぐさまトルコに搬送されましたが、24日、Khaled al-Essaは殉教しました。Hadi al-Abdullahは様態は安定していますが、楽観視はできない状態です。

なぜ二人が標的にされたのか。アッシャール地区は反体制派の支配地域です。僕が2012年11月にアレッポに滞在した際、メディアセンターはこの地区に設置されていました。前線からは多少の距離があり、アサド政権側に入り込む余地はありません。二人はシリアでの民衆蜂起から内戦に至る中で、常にアサド政権の暴力をメディアを通して伝えてきました。しかし、今年に入り、反体制派のアルカイダ系勢力と言われるヌスラ戦線にも反感を抱き始めました。

2016年2月、Hadi al-Abdullahは公然とヌスラ戦線を非難しました。「ヌスラ戦線はアルカイダから離れる意思がないばかりでなく、彼らのエゴのために他の反体制派組織との共闘も考えていない」。またKhaled al-Essaは故郷がヌスラ戦線支配下に置かれたことに不満を抱いており、ヌスラ戦線による住民への人権侵害を訴えかけていた経緯がありました。二人がアサド政権だけでなく、ヌスラ戦線からも煙たがられていたのは事実です。誰に狙われたのか。ヌスラ戦線は特に声明を出しているわけでもなく、現在は調査中ということです。

今月の26日にはイスラム国が5人の市民記者を処刑しました。その他にも報道されることを好まない反体制派組織は少なくありません。Syrian Network for Human Rights (SNHR)によれば、2011年3月から2015年4月までの統計で、463人の市民記者が殺害され、1000人以上が拘束、または誘拐されています。シリア人ですら、身の安全を確保できない状況下で、果たして外国人がシリア内部からレポートできるでしょうか。2015年4月のコバニでの取材を終えて、僕は一冊の本を書き上げました。なぜなら、今後、シリアには入れないだろうという漠然とした感覚があったからです。正解でした。もう二度とシリアには入れないかもしれない。残念で仕方がありません。

http://www.aljazeera.com/news/2016/06/reporting-syria-direct-threat-160628061015960.html

https://now.mmedia.me/lb/en/commentaryanalysis/567144-did-jabhat-al-nusra-assassinate-syrian-activist-khaled-al-issa

パルミラ攻防戦-追加-

ttp://www.afpbb.com/articles/-/3082532

パルミラの遺跡はそれほど破壊されていない。そう報道されていましたが、AFPから配信された過去と現在の比較写真を見ると、重要な遺跡がいくつも破壊されています。何でこんなことするかなーと悲しい気持ちになります。

http://www.independent.co.uk/voices/im-from-palmyra-and-i-can-tell-you-after-what-ive-seen-that-the-assad-regime-is-no-better-than-isis-a6961681.html

私の名前はMohamed Alkhateb。パルミラで生まれ育った。ホムスの大学に通っている最中に民衆蜂起が起きた。私は故郷に帰らなければならないと思った。私と私の友人は「Palmyra Coordination」を設立して、自由を求める民衆の平和的デモを導き、互いの協力体制を助長した。しかし、治安部隊が市内に入り込み、デモは何千と膨れ上がり、加熱した民衆を我々の手ではどうすることもできなかった。そしてデモに参加した民衆の多数が殺害された。 続きを読む