狡猾な体制派と揺らぐ反体制派

興味深い記事を見かけましたので、紹介しておきます。

http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/middleeast/syria/10198632/Syria-disillusioned-rebels-drift-back-to-take-Assad-amnesty.html

シリアでの民衆蜂起、アサド退陣を掲げた市民による革命、そして内戦へと突入、去年のこの時期にダマスカスとアレッポでは自由シリア軍が総決起し、火の手はシリア全土に燃え広がりました。自由シリア軍がトルコの国境を次々と陥落させ、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでアサド政権を窮地に追い込みました。しかし、ロシア、イラン、ヒズボラとアサドの影の立役者が暗躍し、加えて反体制派の強固な基盤も外国人勢力の台頭により腐食、表面化することが懸念されていた宗派、民族間の抗争も今ではシリア各都市で公然と繰り広げられ、誘拐、処刑、虐殺、略奪と目を覆うばかりの惨状が日々伝えられています。果たして革命とは何だったのか。疑問を胸に抱き、冷めた目で周囲を見渡したとき、彼らは現実に引き戻されて、愕然とします。

‘disillusioned rebels drift back to take Assad amnesty‘

自由シリア軍(FSA)から政府軍の陣地へと逃げ込む離反兵が増えています。アサド側が提示する恩赦という甘言に誘われて離反する兵士があとを絶たないそうです。兵士に限らず、FSAの支配地域から政府軍の支配地域へとひっそりと移動する住民も増加傾向にあります。住民にとって必要なものは衣食住です。「革命」や「自由」を叫べば叫ぶほど荒廃していく町に市民の間では嫌気が差しています。その心の隙間に政府側は甘い言葉を投げかけます。

シリアの閣僚で穏健派として知られるAli Haiderはこう述べています。彼は戦況が悪化の一途を辿る中、反体制派の人間を自らの陣営に引き込む術を編み出した人物です。ちなみに彼のプロフィールをwikiで確認したところ、彼の息子の1人は2012年5月に反体制派の奇襲攻撃により殺害されています。今回の発言がそれを踏まえてのことなのかは定かではありません。

「もしシリアの人々を本当に守りたいのであれば、銃を置いてこちらに来るんだ。そして対話を通して正しい方法によってシリアを守ろう。それが我々の言葉だ」

革命当初であれば、鼻であしらうこのような臭い台詞も現在のシリアでは非常に効果的とされています。離反を促すために政府側地域への安全なルートも保障されています。ラッカで戦闘に参加するFSAのモハンマドも政府側の囁きに耳を傾けている1人です。

「当初は革命のために戦っていたが、今は何のために戦っているのかその目的を見失った。この町(ラッカ)は過激なイスラム武装勢力が支配している。私の家族は政府軍の支配地域に移った。なぜだか分かるか。ここは安全じゃないからだ。確かにアサドはひどい奴だ。しかし、その後任(イスラム武装勢力)はもっとひどい」

過激な思想を抱いた外国人武装勢力の浸透にFSAは頭を悩ませています。一方で政府軍は徹底的に町を破壊する。一部の都市では政府軍とFSAが手を握って、休戦に持ち込んでいるケースも見られます。またAli Haiderは先日、180人のFSAからの離反兵が政府軍に加わる式典に参加したと述べていました。しかし、離反を促すにはそれなりの労力も必要となります。FSAとの交渉役を務める人物がこう述べています。

「実験として行われたグータ地区での離反を促す作戦には交渉に持ち込むまでに3ヶ月の時間を要した。まだ確定していないが、うまくいけば、50名の離反兵を獲得できるだろう。しかし、交渉する際には身に危険が及ぶことも考えられる。FSAのスナイパーに撃ち抜かれないことだけを私は祈っていたよ」

離反した兵士には検問所を通過するための許可証が発行されます。次に政府が管理する安全な居住区で待機を命じられます。その間、離反兵の素性を調べ、ブラックリストからの名前の削除が諜報機関や政府高官の了解の下で行われます。

という内容の記事ですが、真偽の度合いはどこまで保障されているのでしょうか。この記事の文末で触れられているのがクサイルでの攻防戦です。このブログでも紹介したんですが、やはり政府軍がFSAに対して恩赦、命だけは助けてやるからクサイルから撤退しろ、という密約は結ばれていたようです。また今回、この記事とほぼ同時に流れた映像があります。

http://www.youtube.com/watch?v=Ha7eTNKx1OI

非常に心温まるエピソードですが、今回の記事を目にして疑念が沸きました。この映像に登場する部隊長は果たして政府軍からFSAに寝返る離反兵なのか、それとも政府側から任命された刺客、つまりは交渉人なのか。ちなみに場所はグータ地区だと思われます。記事に登場した交渉人もグータ地区で離反兵を獲得する対話に乗り出したと述べられています。何かいろいろと考えると、背筋が凍りつくので、この辺で失礼します。