バニアスでの虐殺

このブログでも書き記したバニアスでの虐殺、その詳細が明らかになりつつあります。ただし、第三者の目が行き届かない地域であり、客観的な視点で今回の虐殺を語ることはできません。それでも、大虐殺が起きたことは事実ですし、現時点で報告されているレポートから何が起きたのかを語ることは決して無駄ではないと思います。

政府軍と自由シリア軍との戦闘が今回の虐殺の発端となりました。バニアス郊外の村、バイダで政府軍、シャッビーハを乗せたバスが自由シリア軍に襲撃されました。死者は少なくとも7名、負傷者は30名を超えたと市民記者は報告しています。5月2日、政府軍による報復が始まります。5月4日までの3日間で死者は400名、行方不明者は300名を数えました。近郊のラス・アル=ナバにも戦火は広がり、700名が殺害されました。

政府軍(シャッビーハ含む)は迫撃砲を無差別に撃ちこみ、村一帯を包囲しました。自由シリア軍を警戒してのことだと推測されます。安全が確保されると、武装した兵士や民兵が村に雪崩れ込みました。性別、年齢関係なくひたすら殺戮を繰り返しました。銃弾に倒れる者もいれば、生きたまま焼き殺される者もいれば、喉を鋭利な刃物で掻っ切られる者もいる。一家全員が部屋の一室で折り重なるようにして亡くなっていたり、大勢の村人を一箇所に集め火を放ったり、幼児さえも容赦なく殺害しました。動くものは全て標的にされたようで、路上には至る所に村人が血を流して倒れこんでいました。これらは市民記者が投稿した映像や画像で確認できます。参考サイトに掲載しますが、自己責任で閲覧してください。

今回の虐殺の背景、その要因とされるのが、宗派間の相違と地理的な位置関係にあります。地中海に面したラタキア、バニアス、タルトゥースは1920年代はスンニ派が暮らす地域でした。しかし、山岳地帯からアラウィ派の人々が移住することで、その勢力図は徐々に塗り替えられます。スンニ派とアラウィ派の割合が現在では半々ぐらいの比率となり、彼らは共存することなく宗派間同士で肩を寄せ合い暮らしています。しかし、アラウィ派の首領であるバッシャール・アル=アサド大統領が窮地に陥っている今、アラウィ派が密集するこの地域の人々がスンニ派からの報復を怖れて、自衛に拍車をかけています。その極端な例が今回の虐殺にあると想像されます。

虐殺の主犯は誰なのか。面は割れています。組織としてはシャッビーハとリジャーン・シャアビィヤです。前者はアラウィ派で固められている政府お墨付きの武装集団、後者はアラウィ派の市民が政府側からの武器提供を受けて組織された自警団になります。ちなみにアラビア語で「リジャーン」とは「ラジュナ」の複数形で「委員会」、「シャアビィヤ」は「人民」や「国民」という意味を持ちます(いつかブログでこの組織について書き記せたらと思います)。個人としても特定されています。名前は「Mihrac Ural」、別名「Ali Kyali」です。シャッビーハで彼ほど著名な人物がいないと言われるほどの大物です。トルコ人のアラウィ派であり、シリア国籍も有しています。今回の虐殺に関して彼の発言が動画サイトに投稿されています。アラビア語ですが、翻訳もされています。その中で彼は「cleansing(浄化)」と連呼しています。

「our job is to cleanse and liberate and its up to the army to hold the ground, when the time comes when the army can’t hold the ground, then it will be a different story, and the Syrian Resistance will have to take additional measure…」

「the only route from these traitors to the sea. It should be surrounded, liberated and cleansed as soon as possible…」

彼の発言の一部抜粋です。アラウィ派の原理主義、過激思想の持ち主はシリアの海岸線が「RedLine」であると位置づけられているようです。オバマが示した「RedLine」が化学兵器の使用であるならば、彼らにとっての「RedLine」が自由シリア軍のこの地域一帯への侵攻ということになるのでしょうか。つまり、反体制派が再びこの地域に足を伸ばせば、さらなる浄化作戦が実行されるという暗示とも彼の発言から受け取れます。

今後、宗派間同士の対立は激化するのは必至です。確かにアラウィ派の人々は内戦に陥る前、優遇されてきたのは事実です。これについての不満を述べる市民や自由シリア軍は大勢います。それでも彼らは互いに殺しあうほど険悪な関係でもなかった。居住区が違っても、良好な関係を築いてきた。しかし、これから先、必ずさらなる虐殺が起きることは確実です。それはアラウィ派だけじゃなく、スンニ派がアラウィ派の村を襲うことも十分に考えられるでしょう。

参考サイト

http://www.joshualandis.com/blog/round-up/

http://www.thenational.ae/thenationalconversation/comment/lessons-from-a-massacre-that-assad-looks-to-exploit#page2

バニアスでの虐殺の映像や画像をまとめたサイト *ショッキングな内容が含まれています。

http://baniasmassacre.blogspot.jp/