シャッビーハ

2012年4月25日。ダマスカス郊外のドゥーマが政府軍の手に落ちた。自由シリア軍が「戦略的撤退」を行ったこの日、市内にはシャッビーハが銃を撃ち鳴らして、雄たけびを上げていた。民家の薄暗い一室には若者6人と日本人である僕がいた。声を押し殺して、誰もが恐怖に怯えていた。民家の主は大量の札束を両手に抱えて、階上に消えていった。シャッビーハの略奪を怖れていたのである。しばらくすると、不気味なほどの静けさが訪れた。民家からそっと顔を覗かせると、人影がまったく見当たらない。若者の1人が合図をする。「大丈夫だ」。小走りで路地を駆け抜ける。すると、先頭を歩いていた若者が声を上げた。「シャッビーハだ!」。どの民家も鍵が掛けられて、逃げ場がない。7人は蜘蛛の子を散らして、離れ離れになった。

シャッビーハとは何者なのか。Wikipediaによれば、シャッビーハとはアラビア語で「亡霊、幽霊」という意味がある。また1970年代、80年代に密輸に使用されていたベンツS600をシリアでは通称シャッビーハと呼ばれていた。彼らは軍服は着用せず、私服に銃を携帯している。アサド家の熱烈な支持者で大半がアラウィ派で構成されている。貧しい者や失業者に金をばら撒き、雇用しているケースもある。

シャッビーハが組織として登場したのが、1980年代。ラタキア、バニアス、タルトゥース一帯のアラウィ派の人々で構成され、彼らは港で陸揚げされた商品をレバノンで売りさばく密輸業を専門としていた。高級車、ドラッグ、武器などの密貿易で得た資金は多額に上り、シリア経済を影で支えていた。しかし、妄信的で熱烈な大統領への忠誠心は、無慈悲な残虐性を帯びて、一般市民を苦しめた。バッシャール・アサドが大統領に就任すると、彼らの暴走に歯止めをかけるべく、解散を余儀なくされる。しかし、2011年3月、シリアが内戦に陥ると、大統領は彼らを再び結集させた。そして、あらゆる法律を超えた存在として、全ての権限を彼らに許した。

略奪、放火、レイプ、拷問、処刑、内戦下でのシリアでシャッビーハは本来の残虐性を取り戻した。シリアの人々は彼らのことを「人間」とは呼ばず「アニマル(動物)」だと罵った。正規軍の離反が続き、忠誠心の熱い人材を求める政府にとって、シャッビーハは欠かせない存在となった。アラウィ派に限らず、金さえ払えば大統領に忠誠を誓う人間はシャッビーハの構成員に組み込まれた。例えば、刑務所から囚人を釈放し、シャッビーハとして雇用した。

シャッビーハは既に政府でも手に負えない存在になっていることは確かである。彼らは自らの利益を守るためなら大統領とも対峙する。「大統領が倒れても、我々は倒れない」。「スンニ派の人間は根絶やしにする」。シャッビーハに襲われた町や村にはこうしたメッセージが書き残されている。特に反体制派が勢力図を拡大して以降、シャッビーハの攻撃性は増している。バニアスでの虐殺はまさにその表れともいえる。

現在、シリアは反体制派の武装勢力が支配地域を急速に広げている。政府軍も迫撃砲や空爆、スカッドミサイルでの遠隔地からの攻撃を続けているが、空港も軒並み制圧され、武器弾薬も不足しているのが実状である。人員不足も深刻と言われる中、シャッビーハは独自の動きを見せている。アラウィ派である彼らは互いに結束して、他宗派の駆逐に乗り出している。その一つとして、内戦が激化したシリアに突如として姿を現してきたリジャーン・シャアビィヤの存在がある。

長くなりすぎたので、リジャーン・シャアビィヤについてはまた次回といういことで。つーか、シリアに興味がない人にとっては、めちゃくちゃ退屈だろうと思います。ただ混沌としたシリアでは考えられないような不思議な現象が自然発生的に沸きあがってきます。人間は一つだけど、それぞれ宗教があり、民族があり、宗教にも宗派の違いがあったり、隣近所とのコミュニティーがあったり、家族があったり、その相違が内戦の長期化に伴い、表面化しています。それが僕がシリアに惹かれる理由でもあります。「戦争の社会学」みたいな感じで、誰か学者さんが現地に乗り込んで、フィールドワークしてくれないかなあ。

参考サイト

http://en.wikipedia.org/wiki/Shabiha

http://www.ctc.usma.edu/posts/shabiha-militias-and-the-destruction-of-syria