トルコ訪問について

数日前にトルコのイスタンブールに到着しました。同業者がトルコ入国に際して、強制送還の憂き目にあっています。どういった基準で入国の許可、拒否を行っているのかは定かではありませんが、僕は無事に入国することができました。ただし、かなりの遠回りをしての、長時間の旅路でした。

仮に僕がリストに登録されていて、その網目を縫って入国していたとしたら、妨害を目論んでいた方々には残念なお知らせかもしれません。ただ、僕自身は外務省や警視庁の方々から忠告をいただいており、彼らの言い分も十分に聞き入れています。互いの意見の対立はありますが、僕自身は物事を荒立てたくはありません。特に外務省には以前にカシミールで被弾した際にはお世話になっています。

今回のトルコ訪問の目的ですが、二つほどあります。一つはシリア人の友人に会うこと。もう一つは寄付です。トルコ全土にシリア人の友達が拡散しており、彼ら全てに会うことは難しいです。また彼らもいい加減だから、「来いよ!」とか言いながら、実際にその地区や町に行っても、連絡がつかなかったり、「悪い。俺、仕事で別の都市行ってるから」とかマジでうんざりしたりしています。それでも会える人には会いたいなあと思います。今日も一人、友人がトルコを離れて、隣国に向かいました。今生の別れかもとは思いながらも、彼らを見てると、また会えるという希望が湧いてきます。

寄付に関してですが、これはまだ寄付先が決まっていません。ただ、寄付金は山本美香さんの賞でいただいたお金で、僕のポケットマネーではありません。また表面的にはシリア人を助ける支援金ということになっていますが、本音を言えば、僕の自分勝手な思いからです。僕はシリアを4年近く取材してきました。確かに本を出版して、日本の方々にシリアの現状を多少なりとも伝えられたと思います。でも、シリア人にとっては、僕の取材で何かが変わったかと言えば、何一つ変わっていません。つまり、僕の取材がシリア人にとってはまったくの無駄と思ってもいいと感じています。

「必死で取材してきたけど、この4年は僕にとっても無駄だったのでは」とずーと考えていました。だったら、最初から取材なんてしなきゃよかったとも悲観的になっています。シリア人の友人に本を出版したことを伝えても、別にたいしたリアクションはありません。この4年間が無駄だと思いたくないから、寄付をします。たいした金額でもないですが、それでもこのお金で少しでもシリアの役に立てば、それは僕が取材してきたことへの意義にも繋がります。

たぶんですが、もう僕はこれ以上、ジャーナリストを続けられないと思います。「そういえば、桜木って奴いたけど、最近見かけないな」とか同業者の方々に言われるのは、悔しいですが、悔しさだけで継続できるほど僕の意思は強くはないです。シリアに足を運べればと何度となく考えては、やはりその先には進めません。友達が隣国に帰っていきます。まだたくさんの友達がシリアで暮らしています。「待ってるから」、「歓迎するから」、「さっさと来い」。そんなこと言われても、こちらは行けないんです。シリアの土地に足を踏み入れた瞬間、友達に会った瞬間、前線で戦闘に立ち会った瞬間、殉教した友人のお墓参りをした瞬間、ずーとそんな場面を想像しては、現実に引き戻されて、ため息をもらしています。

1人の日本人がなぜこれほどシリアに引き付けられるのか。それは現場に足を運んだからです。僕が特別なわけではありません。あの現場、ドゥーマ、アレッポ、イドリブ、コバニ、何もかもが崩壊した中で暮らす人々の優しさに触れたり、憤りを共有したり、冗談を言い合ったり、そんな経験をすれば、誰でもシリアにのめり込みます。危険だから、別にネットで情報が拾えるから、そんな理由から現場に足を運ぶことを否定すれば、情報を発信できても、彼らの心情は決して理解できません。

空爆で一般市民が10人、亡くなりました。メディアでそう報道されるより、現場の人間が「大切な友人がスナイパーに頭を撃ち抜かれました」、「お父さんが落ちてきた爆弾で瓦礫に埋もれました」、犠牲者はたった一人だけど、現場の声の方が圧倒的に訴えかける力は強いです。でも僕にはもうそれもできそうにありません。

報道することをやめたら、それこそシリアを見捨てることに繋がるとは分かっていますが、現場に足を運べなかったら、僕が報道する価値は周りのメディアの人たちと何も変わらない、平坦なものになります。まだトルコに到着したばかりです。この先、どうするかは決めていませんが、僕の個人的な想いを消化して終わると思います。いろいろとありがとうございました。