ある一家の物語-アレッポでの暮らし-

今、イラクの方が騒がしいですね。モスルをイスラム国から奪還するため、政府軍、シーア派民兵、ペシュメルガ、空からは有志連合と、攻め上げています。半年ほどかかるようなことを報じていた気がしますが、仮にモスルが陥落すれば、次はラッカかなあ。ただ、僕は直接足を運んだ場所でしか、物事を語れません。イラクは素人なので、発言は控えます。

シリアはアレッポが大変ですが、イドリブ県でも反体制派が揉めています。とりあえず、アレッポに焦点を絞り、FPの記事を紹介できたらと思います。

http://foreignpolicy.com/2016/10/16/are-you-silent-because-we-are-muslims/

停戦が崩壊した9月23日から10月8日までのアレッポ東部での死者は国連の統計で406人になります。先週の水曜日には市場が空爆され一瞬にして46人の命が奪われました。これだけの虐殺が、実行犯が明確にもかかわらず、一向に収まらないことにもはやアレッポで暮らす住民はどれほどの思いを抱いているのか。

「動物を保護する法律がある西側諸国のみなさん、あなた方は女性や老人や子供たちを守ることになると、無関心なのですね。我々の国にムスリムがいるから黙っているのですか。彼らは虐殺されるべき対象なのでしょうか」

アレッポ東部で暮らす女性、Fatima Kaddour(56)はFPのインタビューで話しました。しかし、彼女一人だけでなく、この地域で暮らす250000人が同様の気持ちを抱いています。包囲され困窮している住民は絶えず空爆の恐怖に怯えています。彼女のかつての家は戦闘で破壊され、今は息子と二人の娘と一つの部屋で寝起きします。

彼女はアサド政権への怒りを滲ませていますが、反体制派の別の地域に逃れる用意もあります。そして多くのシリア人が複雑な感情を抱いているのは、アメリカがアサド政権の暴力を停止するよりも、レバント征服戦線(旧ヌスラ戦線)の攻撃に執着している点です。レバント征服戦線は規律が保たれ、住民を迫害するわけでもないのに。彼女はそう語ります。

この戦争で彼女の生活は一変しました。彼女の夫は家族を捨てました。彼は戦争から逃れるためにドイツやフランス、他のアラブ諸国に行きたいと願っていますが、現在も同じアレッポ東部で暮らしています。ただ夫は家族の養育を破棄しました。18歳になる娘は高校の最終試験を激しい空爆が起きたことで受けられませんでした。16歳の息子は救援隊に加わっています。

「私の家は居心地がよくて素晴らしかった。でも今は瓦礫になってしまった」

空爆で崩壊した建物の前で10歳の女の子が1週間も路上で寝起きしていました。彼女はこの建物で暮らしていた家族の唯一の生存者です。瓦礫を撤去する重機も不足しており、遺体は瓦礫に埋まったまま取り残されています。つまりそこが墓場となります。少女は養子として別の家族に引き取られましたが、トラウマから一言も話すことなく、結局、孤児院に預けられることになりました。

「彼女は笑うことも、泣くことも、食べ物さえ何も尋ねることはありませんでした」

包囲下でも喜びの瞬間があります。Kaddourの娘、Joud(19)と救助隊のMahmoud(36)の結婚です。しかし、平和は長続きしません。7月10日、政府軍はロシアの支援の下、アレッポ東部に猛攻撃を仕掛け、8月6日には完全に包囲されます。レバント征服戦線が一度は包囲網に穴を開けました。そのとき二人は結婚式をあげますが、再び政府軍に奪還されます。8月28日に結婚式をあげましたが、その日に包囲が始まり、さらに結婚式の会場近くで空爆があり、7人が命を落としました。

「悲しみと死の中で、神は私たちにいくらかの幸せの時間を与えていただきました」

Kaddourの別の娘の家を訪ねたとき、衝撃を覚えました。娘の家は空爆の影響で被害を受け、無残な姿をさらしていました。彼女は娘の夫に尋ねます。「これからどうすればいいの?」。彼は答えます。「どこに行っても同じさ。神だけが我々を守ってくださる」。

アレッポ東部は包囲され、物資の供給が遮断されています。食料や燃料、そして水などの配給は以前のように受けられなくなりました。しかし、事前に包囲されても半年間は持ちこたえられるであろう蓄えはありました。しかし、燃料を必要とする品物が多く、肝心の燃料が途絶えてきました。つまり料理をするにも火が起こせないということです。さらに浄水場も動きません。安全な水の確保が困難になりました。病院も破壊され、負傷した人々の治療も施せなくなりました。

Kaddourは10代の息子を尊敬しています。Amirは母親には内緒でお金を貯めて、救急キットを購入しました。そして地元の病院でボランティアとして救助された人々の治療に当たっています。「爆弾の着弾音が聞こえると、息子を家から出したくないと思います。でも、息子はときに私に言い聞かせ、ときに何も言わずこっそりと家を出出ていきます」。

あるとき息子が救助活動に出掛けている最中、ミサイルが二発、近くに着弾しました。すぐに現場に駆け付けると、近所の住民は「息子さんは安全だよ」と彼女に知らせました。しかし、彼女は現場で息子を探し続けました。息子は無事に見つかりましたが、彼女はその現場で二人の若い男性の遺体を目にしました。

「私はその瞬間、意識を失ったわ。6時間も何も感じなかった。目が覚めても、この1週間、何も思い出せなかったの」

今、アレッポは政府軍によって支配権を奪われつつあります。仮にアサド政権に支配権が移れば、住民は別の場所に強制的に移住させらるだろうとKaddourは心配しています。ダマスカス郊外のダーリーヤがそうであったように。

「彼ら(政府軍)は私たちを壊し、追い立て、殺害します。なぜなら、自由を求めて、デモをしたからです。あなた方と同じように生きるために、発言の自由、教育の自由を求めただけなのに。彼らは私たちから何もかも奪った。白リン弾や塩素ガスをまき散らし、空気まで汚したの」

「全ての被害を受けた後、今、私たちはアサド政権によって緑のバスに乗せられることを心配しています」。緑のバスとはダマスカス郊外のダーリーヤで反体制派が降伏した後、住民は緑のバスに乗せられて、反体制派地域に移されました。彼女は出来ることなら、トルコのガジアンテップに逃れたいと言います。娘やその他の人々は他の反体制派地域でもいいし、いや、アサド政権の支配地域でもいいと答えます。

「国際社会は私たち無視している。私たちは武器を持たない一般市民です。それなのい…もうたくさんだ」

FPは記事が長いのが多いですが、これも原文を読んだ方が胸にせまります。アレッポ東部での生活が人が暮らす環境ではないことが見て取れます。アサド政権に町から追い立てられることを懸念していながらも、もはやこの町を見捨てるしかない住民の苦悩がにじみ出ています。住民の視点から、しかも、たった一人の女性のインタビューを通して、それだけでアレッポの惨状が手に取るように読者に伝わる。そんな彼女のような人たちが今も250000人暮らしています。