アレッポからの手紙-My city is not just a death toll-

Syrian Civil Defense の創設者の一人であるBeebers Mishal(31)からのアレッポからの声です。停戦が崩壊して1週間足らずでの死者は400人を超え、負傷者は数百人に上っています。いったいアレッポでの生活はどのようなものなのか、彼の言葉から多少はうかがい知れるかもしれません。

http://www.aljazeera.com/news/2016/09/letter-aleppo-city-death-toll-160928055621630.html

いつ起きたのか、いつ眠りについたのか私ははっきりとは覚えていない。町全体に絶え間なく爆弾が降り注ぐような状況ではここで暮らす人々には「眠り」なんてものはない。戦争と平和に関する法律に私は造詣が深いが、自信をもって言えることがある。国際社会はこれらの法律をシリアに適用することはない。アレッポは燃えている。そして世界は黙って見つめている。ロシアの空爆は間断なく続いている。

あらゆる兵器が使用されている。焼夷弾、クラスター爆弾、バンカーバスターまで。私は町が粉々になる様子、生きたまま瓦礫の下敷きになる人々を見てきた。食料や水は枯渇している。外へと通じる輸送路は全てが遮断されている。価格が高騰し、ひとかけらのパンさえ買う余裕のない人々が大勢いる。

ジャーナリストはよく私に尋ねる。「今日は何人死にましたか?」。私はアレッポは死者の合計を競い合う場ではない。全てのミサイル攻撃には物語がある。着弾したばかりの現場には我々は急いで駆け付け、崩壊した建物から埋もれた人々を救い出す。住居だけではない。空爆の標的は我々が拠点とする建物にも着弾する。

こんな状態では我々も活動を長く続けられない。しかし、我々を止めることはできない。爆発音が聞こえれば、現場に駆けつけて、埋もれた人々を救助する。「WhiteHelmets」の活動以外での我々の生き方はない。もちろん空爆が我々の生活に変化を与える。私の妻はアレッポ郊外の比較的安全な場所に避難している。それでも私はここに残ると決めた。包囲されたこの町に。

民衆蜂起が始まる前、私は公務員として語学の教師をしていた。この4年間、私は子供たちが虐殺される光景を見てきた。瓦礫の中で埋もれた人々の最後の呼吸を聞いてきた。ここで行われていることは異常だ。誰もがその感情をうまく表現できない。私はいつも言う。戦争が終わったら、そこに残っている誰もが精神的なケアーが必要だ。また戦争前の普通の人間に戻るためのケアーが。

2013年にSyrian Civil Defenseが設立されてから3年半、私は空爆や犠牲者を数えきれないぐらい目撃してきた。しかし、この1週間は信じられない光景だ。人々の瞳に映る悲しみをあなたは理解できるだろう。彼らの記憶に残るのは、流血と離散と破壊だけである。