アレッポとマンビジ

ここ最近のシリアでの大きな戦闘は二つあると思います。アレッポとマンビジです。2015年4月、コバニに訪れた際に、何人かの住民から「家族がマンビジでダーイシュに捕えられている」と聞きました。今回の作戦で彼らの家族は無事に解放されたのか気になります。

http://www.bbc.com/news/world-middle-east-36995759

マンビジはシリア北部の交通の要衝です。2年以上、イスラム国の強力な支配下に置かれていました。それが今回、クルド人(YPG、YPJ)主体のSDF(The Syria Democratic Forces )によってイスラム国から奪還されました。アメリカ率いる有志連合の空爆の援護を受けて、マンビジを包囲、イスラム国への投降を呼びかけたが拒絶、市街戦に突入し、先週の金曜から土曜、8割以上がSDFの支配下に置かれました。

http://www.kurdistan24.net/en/news/0b76a923-38d2-4292-b826-428235fbf911/Kurdish-led-forces-completely-liberate-Manbij–Syrian-Observatory

5月31日から開始されたマンビジ解放作戦は多くの死傷者を出しました。シリア人権監視団の報告によれば、432人の市民、そのうち104人が10歳以下の子供、54人の女性が亡くなりました。ただ、米軍主体の有志連合の空爆で、203人の市民、そのうち52人の子供と18人の女性が亡くなっています。半分程度が誤爆による死者になります。

http://www.nytimes.com/2016/08/08/world/middleeast/rebel-offensive-in-syria-challenges-government-siege-of-aleppo.html

7月下旬からアレッポの旧市街を含めた中心部がアサド政権に包囲されました。25万から30万人ほどの市民が取り残されました。ヌスラ戦線がレバント征服戦線(JFS)に組織名を変更し、アルカイダから離脱した後、反体制派は包囲網を打ち砕くための大規模な作戦を開始しました。穏健派から強硬派まで多くの組織がこの作戦に参加しました。

アレッポ東部から進撃して、土曜日から日曜日にかけて、約2.4キロに渡るアサド政権の壁を打ち砕きました。物資が搬送される映像などがツイッター上で流れています。アレッポは地上軍は反体制派が圧倒的に強いと思います。ただ空域は完全にアサド政権に握られています。ロシアと政府軍の空爆にも耐えて、反体制派はよく頑張っているなあと感心しちゃいます。

今回の作戦で改めてアレッポの支配地域を色分けした地図を見ると、反体制派は押されています。僕が最後にアレッポに滞在した2014年5月、反体制派が支配下に置いていた地区が今ではアサド政権に取って代わられています。今回、奪還したアッラムーセ地区も2年前は反体制派が有利に展開していましたし、アレッポの要衝である工業地帯、シェイク・ナッジャールは反体制派と政府軍の力が拮抗していましたが、今はアサド政権の支配下です。

ちなみに僕が従軍したムジャーヒディーン軍も今回の作戦に参加していました。ムジャーヒディーン軍は徐々に勢力を増して、アレッポで頑張っています。ただ、アレッポの戦況はまだまだアサド政権がロシアの後ろ盾もあり、強力な地盤を築いています。今回は包囲された地区に小さな穴を開けたにすぎないと僕は思います。反体制派にとって楽観視できるほどの成果はもたらされていません。