今回の件について思うこと

僕は人付き合いが苦手で、同業者同士の横の繋がりはほとんどありません。一人が好きだから、トラックのドライバーもフリーのジャーナリストもストレスを抱えることなく続けられるんだと思います。それでもシリアを取材するようになって、それも少しだけ改善され、たまーに連絡を取ったりする方がいます。

2015年6月初旬です。それまで二人の方が「これからトルコに向かいます」と連絡を受けて、待っていたのですが、二人ともトルコに入れず、僕もガッカリしていました。そんなとき、最も入れないだろうと思われていた、安田さんから連絡がありました。ハタイ県のアンタキヤに向かうと、安田さんがいました。

何年か前に一度お会いして以来なので、久しぶりでした。とても気さくな方で、これからやるべきことなどをお話してくれました。安田さんのお話しで、僕が「ああ、それ分かる!」と思わず身を乗り出した瞬間があります。安田さんは以前にシリアで従軍取材をされていました。確か、僕が初めてのシリア取材を終えた直後だと思います。その話を聞いていると、2014年5月にムジャーヒディーン軍との従軍取材をした当時の僕の心境と一致して、「わあ!」と歓声を上げたくなっちゃいました。

ただシリアの取材での成否は「人」と「時期」です。2015年6月は3月中頃から、イドリブ県ではファトハ軍が猛烈な勢いでアサド政権を締め上げていました。このファトハ軍は反体制派の混成部隊で、主要な組織として、ヌスラ戦線、アハラール・アッシャーム、ジュンディ・アルアクサ、そして自由シリア軍などが手を取り合っていました。ただファトハ軍と共闘という形でチェチェン系の部隊も加わっており、少し不気味な感じでした。

僕も興味があったのですが、「人」がいませんでした。信頼できるフィクサーが首を縦に振ってくれませんでした。そのため、最も確実なルートであるクルド人の支配地域、コバニを訪れました。安田さんにもお伝えして、一時はコバニ行きも考え、そちら方面の町にも向かわれたんですが、フィクサーから連絡があったからとアンタキヤに戻られました。

安田さんは慎重でした。彼の信頼するフィクサーからの連絡を何週間も待ち続けていました。「待つのも仕事だ」とよく僕なんかもフィクサーから言われるのですが、これが辛いです。いつ来るかも分からない連絡をただひたすら待つ。仮に僕が信頼するフィクサーが首を縦に振っていたら、僕も行っていました。でもやはり現場で何が起きるのかは現場に行ってみないと分かりません。特にシリア情勢は外からでは把握できないので、中に行かないと何とも言えない不透明な状況です。

僕は安田さんの行動を擁護も非難もできません。特に入国してからは一切何も分かりません。フィクサーの質やルートなど、それらの信頼性まで僕には分かりませんが、ただ僕が安田さんとお話をした中で、少なくとも取材をするための適切なステップは踏まれていると感じました。決して無謀な行動だとは僕は思っていません。

報道されているような情報しか僕は分からないですし、適当なことを話しても、安田さんに迷惑がかかるかと思いましたが、2日、3日、安田さんとお会いした記憶を語らせていただきました。シリアが大好きな僕にも勝る想いが安田さんにはあったのだと思います。無事、ご帰国できることを強く願っています。