僕が伝えたかったこと

月曜日から金曜日、13時から15時半放送の文化放送「大竹まことゴールデンラジオ」にゲスト出演しました。人前で話すことに慣れていない僕ですが、周りの方々にフォローされながら、何とか20分ほど無事に話すことができました。ネームヴァリューに関係なく、純粋に僕の本を評価してくださった大竹さん、文化放送の方々には感謝しています。こちらから聞けるかと思います。

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ただ時間がなく、しかも緊張して、さらに口下手なので、伝えたくても伝えられなかったことがあります。それを書き記したいと思います。

シリアは戦争をしています。そんなこと誰でも知ってるじゃん。そう思う方々が大多数だと思います。それでは戦争とは何か。人が殺しあうことです。これも当たり前のことです。でもこの当たり前のことを理解することなく、国際社会はシリアを放置してきました。外から見たシリアと内から見たシリアには大きな違いがあります。

僕がシリアに直接足を運び、そこで暮らしている人々と接すると戦争が起きていることを目の当たりにします。戦争とは誰彼関係なく殺しても誰も罪に問われないということです。子供も女性も武器を持たない民間人も、学校も病院も野菜や果物が売られている市場も、どこに爆弾を落としても誰も責任を問われないということです。町を封鎖して、食料や医薬品、燃料を遮断して、人々を飢餓に陥れても、誰も責任に問われないということです。後々、何十年先にシリアに平和が訪れた後では、もしかしたら裁かれるかもしれませんが、現在進行形のシリアには通用しません。

外の人間は、「戦争犯罪だ」、「人道に対する罪だ」とアサド政権、ロシア、ヌスラ戦線、反体制派、クルド人、イスラム国を非難します。でもそれは戦争とは何をしてもいい世界であることを理解していないことだと僕は思います。2014年2月22日、国連安保理決議第2139号が採択されました。暴力停止と人道支援の受け入れるに関する決議です。僕は2014年5月にアレッポに足を運びました。戦闘は続き、目の前に爆弾が落ちました。市街地です。そのとき、一緒に行動していた反体制派の司令官が言いました。

「世界はアサドを野放しにしている。だから我々の手でアサドを叩き潰すしかない」

国連も外からではアサド政権を非難します。国連人権理事会が設置した国連調査委員会が先月、人道に対する罪であるとアサド政権を糾弾しました。拘束した数千人を拷問等々で殺害したと。同時に反体制派、ヌスラ戦線などの人権侵害も報告しています。でも、シリアでは包囲されている町に救援物資を運ぶために国連は戦争犯罪者であるアサド政権に頭を下げています。これが現実です。

既に遅いですが、もっと早い段階で、国際社会がシリアは戦争をしていることに気が付けば、何かしらの対処もできたでしょう。国家間の様々なシガラミがあったとしても、今ほど悲惨な結果を招くことは回避できたはずです。ロシアはその点はシリアが戦争していると明確に理解しています。だから好き放題やっている。なぜなら誰も責任を問われないからです。そして、実際、今はロシアがシリア情勢の大きなカギであることを間接的に直接的に国際社会は嫌々ながら認めています。

仮に今、アメリカ、西側諸国がシリアが戦争をしていると認めたら、どうするか。ロシアが参戦してきた今、ロシアと同じようなことをすれば、大国同士の全面戦争なりますし、何より人権を重んじる西側諸国には抵抗がある。そうなれば、アサド政権、ロシアに妥協するか、もしくはシリアから手を引くかです。

停戦は一時的な成果を生みましたが、戦争しているシリアでは一時的な解決策にしかなりません。既に停戦違反は報告されていますし、今後のこの停戦を破った相手、アサド政権とロシアになるでしょうが、それに対して国際社会はどう対応するのか。近々、開かれる和平協議でその点を見過ごせば、戦争をしているので、見過ごされる可能性は高いですが、そのときはもうロシアの後ろに従うしかないと思います。

シリアは戦争をしています。たくさん人が殺されています。でも現地ではそれが日常的な光景です。戦争しているからです。悔しくても憤慨しても、戦争だから許されるんです。僕はシリアに足を運んで、そのことを実感しました。命がほしければ、難民となって国外に出るしかないです。嫌ならどんな死に方をしても文句を言うなと。

長くなりました。僕が感じていることを書いてみました。本当はラジオで言いたかったんですけど、時間的にも限りがあり、なにより緊張している僕がこんなことを流暢に話せるわけもなかったです。余談でした。