飢えに苦しむ人々

民衆蜂起から武装闘争へと発展する中で、アサド政権が各地域で頻繁に行われた作戦が兵糧攻めです。補給路を断つ。互いの勢力が拮抗している地域であれば、補給路の寸断は容易ではありません。しかし、一つの大きな勢力の中にポツリと存在する敵対勢力には効果を発揮します。僕が思い浮かぶ中でも、ダマスカスのヤルムーク地区、マーダミーヤ地区、ホムスの旧市街、その他にもドゥーマなんかもそうですし、アサド政権が強い地域ではたいてい兵糧攻めは行われています。今回取り上げるのは、ダマスカス郊外の町、マダーヤです。

http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/war-in-syria-up-to-40000-civilians-are-starving-in-besieged-madaya-say-campaigners-a6793386.html

マダーヤは半年に渡るアサド政権の包囲網により、数百人が飢えに苦しんでいます。首謀者はアサド政権と共闘するヒズボラです。住民は飢えをしのぐため、雑草や昆虫、猫さえも口にしてきました。新年を迎えた日、活動家のNasir Ibrahim(仮名)は家族に食事を与えるために手入れたのは僅か50gのライスだけでした。

「冬になり、飢えはますますひどくなっている。多くの人々が餓死した。そして救援物資がこの先届かなければ、死者はさらに増える」

ここ最近で20人の餓死者が出ました。犠牲者の一人は目が落ちくぼみ、腹部から胸骨が浮き出ていました。彼の出身地はザバダーニでしたが、ヒズボラに検挙されて、ここマダーヤに移送されました。戦闘員でなく一般市民を飢餓におとしいれる目的は、人質です。イドリブの二つのシーア派の町(Kafrayya、Fua)が反体制派の影響下にあり、そこの住民との交換条件にマダーヤが利用されました。それが先日、ブログでも取り上げましたが、ザバダーニの一部住民と負傷した戦闘員を安全に退避させる条件にイドリブの二つの町から住民が同じく退避した停戦協定です。しかし、それ以後もマダーヤは未だに包囲されたままです。

マダーヤの包囲網は200日に迫ります。数カ月前から物資の供給はありません。2カ月前に食料は底を尽き、季節が冬になり、ここ数週間で状況は一層深刻になりました。こんな絶望的な状況に住民は町からの脱出を計画しましたが、地雷を踏んだり、スナイパーに狙撃されたり、これまでのところ10人が犠牲になっています。地雷は町の周囲に埋設されており、誤って踏んだことで、足を失っている被害者もいます。

乳幼児も850人おり、ミルクや離乳食が必要ですが、もちろん町にはありません。食べ物がまったくないわけでもありませんが、値段が高騰しています。米が1㎏、100ドルです。また車との物々交換で得られるのは10㎏の米、もしくは5㎏のミルクです。この町で車より僅かな食料の方が価値は高いのです。多くの住民が車を売りに出しています。活動家のIbrahimは言います。

「我々が国際社会についてどう感じているか?もし我々の今ある苦境に何の行動もとらないでいるのなら、それは我々の死に加担しているようなものだ。それは誰かに我々の上に爆弾を落としてくれ、我々のことを忘れてくれと頼んでいるのと同じだ」。

http://www.aljazeera.com/news/2016/01/siege-syria-zabadani-persists-swap-deal-160103160804490.html

http://www.aljazeera.com/programmes/insidestory/2016/01/starvation-tool-war-syria-160103180031908.html

アルジャジーラでも取り上げられており、InsideStoryで議論もされています。でも兵糧攻めは今に始まったことではなく、何年も前から問題になっています。飢餓に苦しむ住民の映像や写真が活動家から流されています。それでも解放された町がある一方で、別の町がまた包囲される。解放されたはずの町が再び包囲される。その繰り返しです。