シリアのスターリングラード-ホムス-

端折りながら(理解できない箇所など)の意訳になりますが、ホムスの現状です。原文が生々しい文体で書かれているので、ぜひ英語が多少でも出来る方は、こちらから直接目を通していただければと思います。なぜ生々しいかといえば、記者が直接現場に訪れているからです。

http://foreignpolicy.com/2015/12/23/syrias-stalingrad/

革命の象徴都市、ホムスは4年以上にも続く戦闘により廃墟と化した。建物はぼろきれのように崩れ落ち、窓枠は風見鶏のようにキーキーと音を立てる。人と言えば、市内を巡回する政府軍だけ。通りに面した建物からは住民の暮らしの痕跡も見受けられるが、それらは徐々に風景の中に溶け込み、10フィートもの雑草がコンクリートの隙間から顔を出す。

シリア政府の見解に限れば、ホムスでの戦いは終結した。1年以上前に反体制派勢力はホムス旧市街での戦闘に敗れた。今月、唯一の反体制派の支配地域、al-Waerはアサド政権と停戦を結んだ。この停戦の合意を国連は好意的に受け止めた。一つの象徴的な革命の町に平和が訪れたことを歓迎した。

アサド支持者のスンニ派の調停者、Talal al-Baraziは旧市街、そして今回のal-Waerでの停戦で一役買った。しかし、かつては反体制派の支持者で埋め尽くされた場所に帰還者はいない。旧市街は広島、ドレスデン、スターリングラードの仲間入りを果たしただけだった。

旧市街が政府軍に包囲されて2年、20万人の住民が逃げ出し、町の70パーセントが破壊された。シリア政府によれば、そのうち三分の一以下の住民が旧市街に戻るというが、破壊された都市での生活は人が暮らすには厳しい。専門家の指摘するところ、シリア全土の復興には2000億ドルの資金が必要であり、その額は民衆蜂起以前のシリアのGDPの3倍にのぼるという。

しかし、シリア政府には別の狙いがある。破壊された旧市街をアサド政権の勝利の象徴都市として利用しようとしている。民衆革命の象徴だったホムスを遂に政府軍は全てに置いて奪還したのだと。さらにアサド政権に逆らった都市は旧市街のように木端微塵になるという脅威的なメッセージも同時にシリア国民に植え付けることになる。

最近のホムスの訪問でこの町の深い構造があらわになった。かつてそこに存在していたものを再建することは不可能に近い。多数派はスンニ派だが、彼らの中にも様々なコミュニティーがあり、共存していた。

Khaldiehの中心部を訪れた。そこは革命に燃える多くの民衆が押し寄せた場所だ。やがてそれは武装闘争になり、政府軍はこの町に雨のような砲弾を注いだ。現在残されているものは消された景色だけである。仮にこれが現実でなければ、ジストピアを描くSF映画にはさぞ価値があることだろう。唯一、偏在する口笛のような風の音は砂漠と同じくらいうるさいが、古代都市の中心部であるここでは不釣り合いである。

荒廃した景色はどこまで続くが、唯一和らいだのは丘の上から見たHamidiyehの景色だった。そこにはクリスチャンとスンニ派の住民が数十家族暮らしていた。停戦後、Khaldiehにも住民が僅かながら戻ってきている。スンニ派のAbdulatif Tawfik al-Attarもその一人である。彼は妻子を残し、家の再建に取り組んでいる。しかし、ひどい状況だとため息を漏らす。

「時々ここにいると寂しくなるんだ」。彼は劣悪な環境の中でいたたまれなくなる。サウジアラビアで暮らす彼の息子がこちらに来るように促すが、彼は拒絶している。「私はこの国を愛している。今更どこか別の場所で暮らしたくない」。彼はすすり泣く。「私はシリアで多くのものを失った。特にホムスでは」。「モスクの外で女性が物乞いをすることなんてなかった」。それでも彼は気を取り直す。「ホムスは再建できる」。

アラウィー派はホムスでの勝利に湧いているが、同時に悲しみもにじませる。ある女性は息子を戦闘で失った。さらに夫や残された息子も兵役に就いたままである。彼女も多くのものを失った。

ホムスでの停戦のようにある日、シリアのどこかで戦争が終わりを迎えることがあるだろう。そのとき、宗派間の火種を取り除く努力をしなければいけない。Attarは言う。「我々を傷つける者たちは彼ら自身も傷つけている。人間は過ちを犯すものだ。神はそれを知っている」。

ホムスの知事であるBaraziはホムス旧市街は徐々に生活を取り戻しつつあると自信をのぞかせる。民衆蜂起に同情的なスンニ派の住民も帰還を始めている。「ホムスはダマスカスより安全だ」と彼は公言する。今回のal-Waerでの停戦は反体制派に対して寛容的だった。反体制派は降伏はしたが、武器の所持を許され、なおかつal-Waerの統治も任されている。

Baraziは旧市街の復興を急ピッチで進めている。一方で、反体制派に同情的な人々はアサド政権に不信感を抱いたままである。政府の政策には一切口を出せないばかりか、スンニ派住民の旧市街への帰還を制限している。それは再び旧市街が反体制派の根城になることを疑っているのである。政府主導ですすめられる再建案に、住民は暗い表情を浮かべる。

周囲を包囲されながらも、近隣住民から食料が密かに運ばれていた。そして住民も精一杯自由シリア軍の奮闘を称えていた。それが停戦により、反体制派の象徴都市はアサド政権にとってかわられた。反体制派寄りの住民は言います。「戦いが終わり、アサドが今でも大統領の座にいることが信じられない。これなら死んだ方がマシだった」。

思った以上に記事が長かったです。あと僕の語学力にも問題があるんでしょうけど、言い回しが分かり辛かったです。最後の方は集中力が途切れちゃいました。でも直接現場に、それも最近停戦合意したホムスのことなので、貴重な記事だと思います。