3年に渡るシリアの取材について

現在、ドイツに難民として移り住んでいる友人から、昨日知らされました。「アブ・カリームが殉教した」と。2週間ほど前には「アリーが殉教した」と聞かされたばかりでした。2014年の5月から1カ月余り、反体制派組織「ムジャーヒディーン軍」に従軍した際に知り合った仲間の幾人かが既にこの世を去っています。彼らと過ごした時間は本当に僕にとって一生の宝物です。

ブログの更新は久しぶりです。ずっと何をしていたのかと言えば、原稿を書いていました。別に誰かに頼まれたわけでもなく、ただひたすらこれまでのシリアでの取材をまとめていました。そしてある程度出来上がったものを出版社に持ち込んでは売り込みをかけていました。なかなか首を縦に振ってくれる編集者がいない中で、何とか拾われました。捨てる神あれば拾う神あり。たぶん来月中旬か下旬に刊行になります。

僕がシリアで何をしていたのか。別に特別なことはしていません。ただそこで暮らしている人たちの声を拾い集めただけです。それは一見すると簡単なことのように思えますが、実際には厳しいものでした。だからこそ、やりがいがあったし、やりがいがあればあるほど、自然とシリアに深くのめり込むようになりました。ただそれにも限度があります。その限度はフリーであれば、個々に設けた基準を参考にして、判断します。会社の人間であれば、会社が「ノー」と言えば、どれだけ行きたくてもいけません。でもフリーは上の規制がないぶん、自己判断に委ねられます。

5度目のシリアの取材を終えて、2015年4月中旬にトルコに戻りました。「限界だなあ」と思いました。理由はうまく説明できないんですが、これまでの経験からの直観みたいなものです。最もシリアに入りやすかったのが、2012年8月から2013年秋口ごろまで。それ以降はISISの台頭と治安の悪化もあり、状況は厳しくなりました。それでも何とかあきらめず続けてきましたが、前述した5度目の取材後、僕は原稿を書き始めました。次はいつになるか分からない以上、これまでの取材を記録として残したかったからです。

これからどうすべきか。今は迷っています。たぶん、現地に向かえば、何かしらのルートは開拓できる気もします。とはいっても行けるとすればクルドエリアでしょう。ただし、トルコとクルドの関係が悪化している今、国境越えは命がけになると思います。入るにせよ、出るにせよ、国境で撃ち殺されるほど無念なことはないです。

またボチボチとブログを更新していければと思っています。やることはこれまでと同様にシリアの記事の拾い読みです。そうすることで、何かしらの突破口も見えてくるでしょう。殉教したアブ・カリームも「タケシ、いつ来るんだ?」とずっと誘ってくれていました。でも仮に行けたとしても、もう彼には会えません。今もまだ戦っているシリア人はいます。そう思うと、行きたくて仕方ありませんが、僕のあてにならない直観を信じて、おとなしくすることにします。

僕のシリアでの取材記録、出版されたら、目を通していただければ幸いです。宣伝でした。また何かしら進展があれば、順次報告させていただきます。