シリアを取材するということ

報告が遅れましたが、「Articles」に僕が発表してきた記事と写真をアップしました。もしよろしければ、時間があるときにでも見ていただければと思います。そしてこれまでの掲載誌を改めて見返すと、やはり「シリア」は売れるのだと気が付きます。もちろんすんなりと掲載できるわけでもありませんが、正当な評価を得られることがシリアでの取材の僕のモチベーションにも繋がっています。インド、アフガニスタン、パキスタン、「これはイケる!」と意気込んで出版社に乗り込んでも、編集者の反応がイマイチ。編集会議にすら届かない取材も数多くありました。

シリアに初めて訪れた2012年3月。この時点ではシリアの話題性、日本での浸透率はたいしたことはありませんでした。しかし、2012年8月、山本美香さんがアレッポで亡くなり、一気に需要が膨らみました。その後、シリアの報道は減少傾向へと進みますが、2014年8月には湯川遥菜さんがイスラム国に拘束され、さらに北大生の一件が加わり、需要は増しています。日本との関連性を除外しても、化学兵器の使用、20万を超える死者数、2人に1人と言われる国内・国外の避難民、シリアを取り巻く隣国との関係性、イスラム国の誕生、有志連合による空爆、まさに報道価値は今後も右肩上がりでしょう。

ただ取材のリスクも日を追うごとに右肩上がりなのも事実です。シリアの情勢を伝える報道は大半が活動家が担っています。海外のメディアの人間も二の足を踏むような状況が現在のシリアです。僕はシリアに4度足を運んでいます。決して楽な取材ではありません。でも何とか無事にそれなりに手ごたえを感じて取材をこなせたのは、意外にもシリア以前に訪れたインド、パキスタン、アフガニスタンでの経験が役立っているからです。

シリアでの取材はおススメできませんが、誰かがこの現状を伝えなければいけないというカッコいい使命感を抱いているメディアの方々には頑張ってほしいと思います。僕に関して言えば、そんな高尚な使命感はなく、ただ理不尽に殺害されいる人々やそんな人たちにお世話になったことへの愛着から、離れられないだけです。

久しぶりの更新ながら、単なる余談で終わっちゃいました。ちなみにこの余談を書き込むきっかけになったのはこちらの記事を見かけたからです。

http://www.huffingtonpost.com/2014/12/11/al-jazeera-dies-correspondent-while-reporting-on-syrian-revolution_n_6308348.html?utm_hp_ref=syria

アルジャジーラとオリエントの記者がシリア南部のダラー県で数日前に亡くなっています。2011年のシリアの革命以後、80名の記者、写真家が命を落としています。この数は氷山の一角です。そしてこれからもさらに増え続けることだろうと思います。なぜなら、どんな危険な状況でもシリアを取材しようとするメディアの人間は必ず存在するからです。

http://cpj.org/killed/mideast/syria/