安定からは程遠いシリアの実情

http://www.nytimes.com/2014/04/06/world/middleeast/break-in-syrian-war-brings-brittle-calm.html?ref=middleeast&_r=0

Anne Barnard記者からの報告です。彼女のツイッターをフォローしていますが、ダマスカスの写真が頻繁にアップされていました。

ダマスカスの雰囲気が変化したことは明白である。この文章から始まる彼女は首都ダマスカスの様相を「Brittle Calm(儚げな静けさ)」と形容しています。風船から空気が漏れ出すように町から警戒感が薄れつつある。検問は縦横無尽に張り巡らされているが、歩哨は穏やかで冗談が飛び交うほど市内は落ち着いているように見える。

ダマスカスから沿岸部に通じる要衝の制圧がアサド政権に強い自信をもたらした。この自信は政権側に心の余裕を提供して、懺悔する気持ちがあるならば反体制派だろうと和解に応じる姿勢を見せている。前半の「要衝」とはレバノンと国境を接するカラモン山、後半はブログでも書きましたが、ダマスカスで一部の地区がアサド政権との停戦に乗り出していることを示しています。

しかし、現在ある一時的な安定は見せかけのものである。軍の締め付けは厳しく、一部の地区では飢餓を発生させている。長期化する内戦により、国家は分断され、憤怒と不信感はくすぶり続けている。飢餓とはダマスカスで言えば、マーダミーヤ地区やヤルムーク地区での政府軍により供給ルート封鎖により引き起こされている食料不足を示しています。結局、政治的な不満や国家の構造の断裂は何一つとして解決されていないのが実情ということです。

ダマスカス、ホムス、そしてパルミラで彼女は市民へのインタビューを行っています。彼らは体制派、反体制派、意見を異にすれども、政府が公式に示している「国家は平常に戻りつつある」という発表を妄言として信頼はしていません。

ダマスカス郊外のサイイダ・ザイナブ廟でスンニ派勢力によって包囲されたシーア派の町から避難してきた女性は、スンニ派の武装勢力が彼女の町を焼き払うのを目撃していた。なぜ焼き討ちにあったのか。彼女は一言答える。「我々がシーア派だったから」。反体制派側はダマスカスの一時的な平穏は「武器不足、資金不足」が要因であると答えている。数千人の若者がアサド政権との戦いの機会を伺っている。

アサド政権は近々、ダマスカスは平常を取り戻し、多くの人々がそれを熱烈に望んでいると答える。しかし、1982年のムスリム同胞団への激しい弾圧への憎しみが2011年のシリア革命で呼び起され、宗派、政治に深い亀裂を生じさせている。また肉親、友人が理不尽に殺害されている現状からダマスカス在住のビジネスマンはこう言う。

「彼ら(体制派、反体制派)は自らの過ちを認めて、シリア国民に謝罪すべきである。移行期の正義なくして政治的解決は望めない。罪を犯した者は全て裁かれるべきである」。移行期の正義。僕は学者でもないので、この言葉の意味を深く理解はできません。ただ正義を貫こうとすれば、当事者は紛争を継続せざるを得ない。なぜなら紛争が止まれば、当事者が裁判にかけられる恐れがあるからです。過去の、現在進行中のシリアでの殺戮の罪を不問にせず、司法に委ねることも困難であるという実情があるということを付け加えます。

幾人かの政府の高官は謝罪の必要はないと答えている。政府軍が人権侵害や戦争犯罪に手を染めている事実はない。それらは噂にすぎない。また先日ホムスの旧市街から停戦により避難した住民は「反体制派武装勢力は我々、一般市民が飢えている間も、食料や武器やタバコを蓄えていた。政府軍に感謝している」と述べていた。しかし、そう言わなければ、政府軍に何をされるか分からないという恐れもある。「我々が言っていることが全て事実だとは思わないほしい」と一部の住民はこっそり呟いていた。

反体制派に好意的な店の主が皮肉な笑みを浮かべていた。先日、民兵と共に訪れた塗装屋が30ドル渡すから店の扉にシリア政府公式の二つ星国旗を描かせてくれと頼みに来た。主は答えた。「もちろん、いいですよ」。そして続けた。「彼らがテレビ局を連れて来たのなら、私はいつでも『バッシャールは最高だ』と言うよ」。

http://english.alarabiya.net/en/News/middle-east/2014/04/07/Hezbollah-Assad-s-regime-no-longer-in-danger-.html

こちらはハサン・ナスララの最近のインタビュー記事です。シリアは危険水域から脱した。反体制派は摩耗するだけで、(アサド政権を窮地に追いやるような)大きな戦争を仕掛けられない。ラタキアやカッサーブでの反体制派の有利な戦況はとるに足らない出来事だ。そんな感じで勝利宣言とはいかないまでも、ヒズボラの支援でアサド政権が大いに助けられていると宣伝しています。

しかし、ヒズボラのシリアでの積極的な関与はレバノンの宗派対立を悪化させています。またレバノンに逃げ込む難民の数が百万人を突破し、アサド政権下でのシリアは安定からは程遠い水域を保ったままです。ただ4年目に突入しても未だにシリアのトップに君臨し続けるバッシャールを見ると、ものすごい盤石な基盤のもとにシリアは成り立っていたんだなあと感心するときがあります。