ダマスカスからの声

まったくついていけない。情報の流れが速すぎます。軍事介入が行われるかどうか、その流れを目で追うことはあきらめました。ツイッターの呟きを参考にするぐらいにします。議会で否決されたとか、議会での承認が必要とか、艦艇が何隻配備されたとか、限定的空爆に留まるとか、空爆の日程はいついつだとか、標的はナンだとか、もう僕の頭がワーってなっちゃいます。特にブログだと数日前の記事なんか掲載しても、既に過去の遺物として処理されちゃうので、目まぐるしく動く昨今のシリア情勢、専門家の方々にお任せします。それにここまで大々的にシリアが脚光を浴びると、国内のメディアでもある程度の事情が把握できます。わざわざ海外からニュースを紐解く必要もないかなと思います。でも一つだけ記事を紹介したいと思います。かなり意訳しています。

http://www.latimes.com/world/middleeast/la-fg-syria-damascus-scene-20130901,0,1558019.story

シリアへの軍事介入に議会の承認を求めたオバマ大統領の決定はダマスカスの住民に一定の猶予を与えた。しかし、長くは続かないだろうと大半の住民が怯えている。化学兵器使用による報復措置に向けた軍事介入の手続きは着々と進んでいる。

市内の学校は政府軍のシェルターへと姿が変わりつつある。乗用車やタクシーには軍服を着用していない兵士が客として乗り込む。本来であれば、兵士は軍専用のバスを利用して、市内を移動する。軍の装備品や装置などの引越し作業にも追われている。

ダマスカス西部にひっそりと佇む学校がある。政府軍によって占拠され、校内には兵士がひしめき合う。ピッタリと閉じられた校門から辛うじて聞こえる息を殺した兵士たちの声。1人の兵士が指揮官のために購入したファーストフードを握り締めて校門の前に立つ。右よし!左よし!声には出さないが視線を左右に泳がせ、素早く校門の脇戸をくぐり抜ける。

疲労を滲ませた兵士たちが歩道脇に設けられた簡易型のキャンプに身を寄せている。検問付近に設置された野営キャンプは至る所に見られるが、昨今のシリア情勢の影響もあり、その数はさらに増えつつあるように思える。あるキャンプはもぬけの殻となったアラブ首長国連邦とカタール大使館の脇に設置されている。兵士は大使館の警備用ブースの中で素足を歩道に曝け出したまま昼寝をし、他の兵士はカラシニコフを肩からぶら下げたままバイクの座席の上でうたた寝をする。

ダマスカスの多くの住民が困惑し、不安を抱き、一向に進展しない西側諸国の態度に当惑している。「イスラエルが空爆した際、彼らは宣戦布告もすることなく、ある日、突然やってきて、標的に向けて爆弾を落としていった」。市内の住民は首を傾げる。「欧米は何をそんなに話し合うことがあるんだ?不思議で仕方がないよ」。ある女性はこう語る。「軍事介入が延期されたからといって不安が取り除けるわけじゃない。数日間は攻撃しないよって・・・それで心が晴れるわけないじゃない」。

アメリカによる攻撃がいつ行われるのかという憶測が飛び交う中で、ダマスカスの住民は食料の買い溜めに走っている。パンのような主食は店の棚から次々と姿を消している。空爆に備えて、シェルター用の地下室の確保にも注意を向けている。逃げればいいじゃないか。記事を読んでいるとそんな考えが頭をよぎる。しかし、ダマスカス全域が戦闘地域に指定され、安易に動けば、戦闘に巻き込まれる恐れがある。多くの住民が「逃げる場所なんて、隠れる場所なんてない」と悲観している。

悲観の理由は他にもある。中央政府は欧米の軍事介入が刻一刻と迫る中、何一つ公式な声明文を市民に向けて読み上げていない。我々は今、何をすればいいのだ。仮に空爆が行われたとき、我々は何を備えればいいんだ。空襲警報が鳴るのかさえも未だに不明である。2010年までは、毎週のように空襲警報のサイレンが「訓練」として市内に鳴り響いていた。

ある女性は皮肉る。「ケリー国務長官はアサド政権が化学兵器を使用したことに強い不快感を示す一方で、『市民への安全は保障します』なんて甘言を投げかける。私たちに安らぎを与えることで彼が傷つくことなんてないだろうから、そんなことが言えるんじゃないかしら」。

この記事の最後の結びがよく理解できませんでした。申し訳ありません。ただダマスカスに海外のメディアは一時的であれ駐在しています。CNNは現地から報告してるし。その他にも幾人か紛れ込んでいると思います。もちろん取材ビザだから、かなりの制約は課されていますが。

「行動は言葉よりも雄弁である」。まあ、そいうことですね。僕自身にも言えることですが。取材費稼ぎとアラビア語、行動を移すにはまだまだ時間がかかりそうです。