シリアを伝え続けた二人の市民記者

ご無沙汰していました。約3カ月ぶりにブログを更新します。ツイッターでは度々、近況やシリアのことなどを呟いていました。4月中旬から5月末までトルコに滞在していました。またありがたいことに、拙著「シリア 戦場からの声」が山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞しました。光栄なことです。ただ、今後、シリアを訪れる予定はありません。そのため、今はぽっかりと胸に穴が空いたかのように、考え事ばかりしています。なぜシリア行きをあきらめたのか。これまでも様々な障壁がありましたが、それでも何とかして入国してきました。でも、現在のシリアは誰が敵で誰が味方なのかが把握できない状態です。

今回、久しぶりの書き込みは、ある二人の市民記者の悲報を耳にしたからです。Hadi al-AbdullahとKhaled al-Essaです。Khaled al-Essa(24 or 25)はイドリブ北西の小さな町、Kafranbel or Kafr Nablの出身です。6月16日、彼らが拠点としていたアレッポのアッシャール地区の自宅前で二人は仕掛け爆弾により重傷を負いました。すぐさまトルコに搬送されましたが、24日、Khaled al-Essaは殉教しました。Hadi al-Abdullahは様態は安定していますが、楽観視はできない状態です。

なぜ二人が標的にされたのか。アッシャール地区は反体制派の支配地域です。僕が2012年11月にアレッポに滞在した際、メディアセンターはこの地区に設置されていました。前線からは多少の距離があり、アサド政権側に入り込む余地はありません。二人はシリアでの民衆蜂起から内戦に至る中で、常にアサド政権の暴力をメディアを通して伝えてきました。しかし、今年に入り、反体制派のアルカイダ系勢力と言われるヌスラ戦線にも反感を抱き始めました。

2016年2月、Hadi al-Abdullahは公然とヌスラ戦線を非難しました。「ヌスラ戦線はアルカイダから離れる意思がないばかりでなく、彼らのエゴのために他の反体制派組織との共闘も考えていない」。またKhaled al-Essaは故郷がヌスラ戦線支配下に置かれたことに不満を抱いており、ヌスラ戦線による住民への人権侵害を訴えかけていた経緯がありました。二人がアサド政権だけでなく、ヌスラ戦線からも煙たがられていたのは事実です。誰に狙われたのか。ヌスラ戦線は特に声明を出しているわけでもなく、現在は調査中ということです。

今月の26日にはイスラム国が5人の市民記者を処刑しました。その他にも報道されることを好まない反体制派組織は少なくありません。Syrian Network for Human Rights (SNHR)によれば、2011年3月から2015年4月までの統計で、463人の市民記者が殺害され、1000人以上が拘束、または誘拐されています。シリア人ですら、身の安全を確保できない状況下で、果たして外国人がシリア内部からレポートできるでしょうか。2015年4月のコバニでの取材を終えて、僕は一冊の本を書き上げました。なぜなら、今後、シリアには入れないだろうという漠然とした感覚があったからです。正解でした。もう二度とシリアには入れないかもしれない。残念で仕方がありません。

http://www.aljazeera.com/news/2016/06/reporting-syria-direct-threat-160628061015960.html

https://now.mmedia.me/lb/en/commentaryanalysis/567144-did-jabhat-al-nusra-assassinate-syrian-activist-khaled-al-issa