ドゥーマでの虐殺

ドゥーマはダマスカスの中心地から車で30分ほどの距離にある大きな町です。2012年4月、僕は1ヶ月、この町で暮らしました。当時はダマスカスで唯一の反体制派、自由シリア軍が支配する町でした。毎夜、町の中心地であるジャーミア・カビール(大モスク)の広場で反政府デモが公然と行われていました。同時に政府軍、治安部隊、シャッビーハによる激しい攻撃を受け、部屋から一歩も出れない日もありました。

https://www.youtube.com/watch?v=ToagdK4e_fE

+18です。投稿した日付が2014年8月となっているので、少し古くなりますが、現在もこれと変わらない状況が続いています。アサドが「樽爆弾」を「cooking-pot」などと笑い飛ばしましたが、ミサイルや樽爆弾をドゥーマに投下させている本人の言葉とは思えません。タイトル冒頭に「مجزرة」とあります。辞書で調べると、「جزر」とあり、意味は「人参」。しかし、綴りが同じで別の意味もあります。動詞で「虐殺する」です。それに「م」が付いて、「مجزرة」は「虐殺すること」となります。 続きを読む