掲載誌

現在、発売中の「週刊金曜日」でシリアの記事と写真を掲載しています。2ページになります。

アレッポでは女性スナイパーに会いました。女性が銃を手にすることは男性にとっては歓迎すべきことではありません。女性の役割は銃を持って戦うことより、他に仕事があるからです。家事手伝い、子育て、内職として反政府系グッズ(国旗、バンダナ、リストバンド等々)の製作、病院に運ばれてくる患者の手当て、男性では手が回らない仕事が多くあります。それでも、僕が出会った2人の女性は武器を取ることを選びました。

今回はこの一誌だけになるかと思います。金があるから取材に出掛けるというスタンスを改めないといけないなあと感じています。以前から同業者の方には注意を受けてたんだけど。さて、お土産も買ったし、あとは帰国するだけです。不甲斐ない。

アレッポ

早朝、滞在しているメディアセンターの目と鼻の先で、1時間ほど激しい銃撃戦が続いた。シャッビーハがこの地区に侵入しようとしたところ、自由軍に発見され、衝突に発展した。外の様子をうかがうと、大人から子供まで何事もないかのように出歩いている。「銃撃戦はここから200メートルほど離れた場所だから大丈夫さ」と若者が言う。すると、今度は迫撃砲の重い響き。「この迫撃砲は自由軍が撃っているからここには落ちないよ。大丈夫さ」と笑顔の若者。

無傷で残っている建物を探すのが困難なほど市内は荒廃している。全住民が退避している地区も少なくない。戦闘によるためだけでなく、インフラが破壊され、職もなく、暮らすことが困難であるため立ち去る住民も多い。自然と町そのものの機能が失われる。ゴミが市内各所に山積みにされ放置されている。主食であるホブズ(パン)を手に入れるのに長蛇の列ができる。商店は大半がシャッターを下ろし、路上には限られた日用品、食料だけが並ぶ。

全てはバッシャールのせいだと憤り、住民が武器を手に取り、自由軍に加わる。14歳、15歳の少年兵も珍しくない。アフリカと違うのは彼らの目が生き生きとしていることだけれども。。。

去年の8月に自由軍が決起する前、アレッポがどのような都市だったかは僕には分からない。ただ昨日、1週間前に空爆され、75名が命を落とした現場を訪れると、子供を亡くした女性が泣き叫んでいた。

「自由軍は出て行け!誰がアレッポをこんな町にしたんだ!」。

この言葉に真っ向から批判を投げかける市民はそれほど多くない。ただ口にする人が少ないだけで。 以前にツイッターで「シリアに行く奴はクレイジーだ」と呟いたけど、その通りです。僕は正常です。明日、トルコに戻ります。

こんにちは。

今日、トルコからシリアに入国しました。経由はアザズ、到着地はアレッポ。現地時間、夜の9時を回ったところになります。銃声や砲声は度々聞こえてきますが、市内に混乱は見られません。ただ、相変わらずインフラが破壊されており、電気はバッテリーが頼り、断水が続いています。自由軍が支配地域を広げていることは確かですが、どの程度なのかは定かではありません。

さて・・・これから弱音を吐きます。毎回、考えていることですが、なぜ自ら危険な場所に足を運ぶのか。それだけであれば、さほど悩まずに済むのですが、「興味があるから」の一言で片付けられるので、ただつらいのが「何か取材をしないといけない」というプレッシャーがのしかかることです。アレッポに足を運んでおいてこんなこと言うのも何なんですが、危険な場所には足を運びたくないです。前線取材を専門にしている記者や写真家はシリアには多くいて、彼らの勇猛果敢さには太刀打ちできません。銃声を聞くたびに、ビクッとする僕を見ては、周りから失笑される有様です。となると、前線から離れた取材となるのですが、今のところ特に思い付きません。「これを取材したい!」というのが前提にあって、それに向けて必死でハードルを乗り越えていくのが普通なのですが、何を取材すればいいのかが分からないのが今です。

近況報告は以上でした。こんな考えのままなら、さっさとトルコに戻った方がよさそうかな。シリアのレポートを書き綴るのが、到着早々、愚痴ってしまいました。