パルミラ攻防戦-追加-

ttp://www.afpbb.com/articles/-/3082532

パルミラの遺跡はそれほど破壊されていない。そう報道されていましたが、AFPから配信された過去と現在の比較写真を見ると、重要な遺跡がいくつも破壊されています。何でこんなことするかなーと悲しい気持ちになります。

http://www.independent.co.uk/voices/im-from-palmyra-and-i-can-tell-you-after-what-ive-seen-that-the-assad-regime-is-no-better-than-isis-a6961681.html

私の名前はMohamed Alkhateb。パルミラで生まれ育った。ホムスの大学に通っている最中に民衆蜂起が起きた。私は故郷に帰らなければならないと思った。私と私の友人は「Palmyra Coordination」を設立して、自由を求める民衆の平和的デモを導き、互いの協力体制を助長した。しかし、治安部隊が市内に入り込み、デモは何千と膨れ上がり、加熱した民衆を我々の手ではどうすることもできなかった。そしてデモに参加した民衆の多数が殺害された。 続きを読む

パルミラ攻防戦-アサド政権とイスラム国

2012年3月にダマスカスに降り立ち、5月初旬だったかな、取材が無事に終わり、一カ所くらい観光地を見てみようと思い、向かった先がパルミラでした。3カ所か4カ所あるパルミラへと繋がる道路は全て政府軍の検問が設けられており、戦車が待機していました。遺跡には誰もいなくて、列柱通りをウロウロと散策して、タクシーで丘の上にある城塞に足を運びました。とても綺麗な街でした。シリアに足を運ぶたびに思うのが、民衆蜂起がなければ、内戦に陥らなければ、多くの観光客で賑わっていたのだろうなあという悲しい気持ちです。

そんなパルミラがイスラム国の手に落ちたのが、昨年の5月です。アサド政権が断続的に攻撃を仕掛けていましたが、なかなか奪還できず、手をこまねいていました。そこに、ロシアが登場しました。政府軍、ロシア、イラン、民兵がパルミラ奪還作戦に乗り出したのが、先月の27日になります。当初は散発的な戦闘に終始しましたが、今月中旬から本格的な戦闘に発展しました。特に22日から24日の戦闘では、ロシア軍は146カ所の標的に対して戦闘機の出撃回数が41機です。その数日後、つまり昨日の27日、パルミラはアサド政権の支配地域に変わりました。

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