トルコ訪問について

数日前にトルコのイスタンブールに到着しました。同業者がトルコ入国に際して、強制送還の憂き目にあっています。どういった基準で入国の許可、拒否を行っているのかは定かではありませんが、僕は無事に入国することができました。ただし、かなりの遠回りをしての、長時間の旅路でした。

仮に僕がリストに登録されていて、その網目を縫って入国していたとしたら、妨害を目論んでいた方々には残念なお知らせかもしれません。ただ、僕自身は外務省や警視庁の方々から忠告をいただいており、彼らの言い分も十分に聞き入れています。互いの意見の対立はありますが、僕自身は物事を荒立てたくはありません。特に外務省には以前にカシミールで被弾した際にはお世話になっています。

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フリージャーナリストという職業について

シリアから離れて、これは余談になります。ただの愚痴になるかもしれませんが、いつ役立つとも分からないアラビア語の勉強を一人黙々としていると、ときたま不安に襲われます。どうしてフリーのジャーナリストなんて志したんだろうと後悔さえします。

僕はジャーナリストに憧れていました。でも頭が悪かった。さらに興味のある対象にしか注意がいかず、視野が極端に狭かった。それでもジャーナリストになることが諦めきれず、そのまま軽い気持ちでフリーを志しました。本多勝一や開高健の影響もありましたが、戦場だったら裸一貫でフリーとして活躍できると手始めに慣れ親しんだインド、ジャンム・カシミール州に足を運びました。

初めての取材が雑誌に掲載されたとき、僕の文章と写真がお金になった、つまりジャーナリストとして認められたと素直に喜びました。でもそれは僕だけが感じていたことで、それから10年、踏んだり蹴ったりで、何とかギリギリのところで取材を継続してきました。たぶん、フリーになると意気込んでいる方々の大半が、この10年でふるい落とされるんだなあと身をもって感じました。 続きを読む

偽りの世界-理想と現実とのギャップ-

今月21日、アサド大統領がAPとのインタビューに応じました。そのAPがアサド大統領の発言の真偽を検証する記事を配信しました。以前、2015年2月、BBCのJeremyBowenが単独インタビューした際にはじっくりと彼の発言に耳を傾けましたが(http://t-sakuragi.com/?p=1901)、今回はこの記事にしか目を通していません。

https://apnews.com/2208a4c2eb384594af44ff49d158cfe7

アサド大統領が強調している点が三つ。一つ目はアレッポで住民を閉じ込めるような包囲網は築いていない。二つ目はアサド政権とロシアは支援物資を運ぶ車列を空爆していない。三つ目はアメリカ主導の有志連合がデリゾールで60人もの政府軍の兵士を空爆で殺害したのは偶然ではなく故意である。

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シリアを伝え続けた二人の市民記者

ご無沙汰していました。約3カ月ぶりにブログを更新します。ツイッターでは度々、近況やシリアのことなどを呟いていました。4月中旬から5月末までトルコに滞在していました。またありがたいことに、拙著「シリア 戦場からの声」が山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞しました。光栄なことです。ただ、今後、シリアを訪れる予定はありません。そのため、今はぽっかりと胸に穴が空いたかのように、考え事ばかりしています。なぜシリア行きをあきらめたのか。これまでも様々な障壁がありましたが、それでも何とかして入国してきました。でも、現在のシリアは誰が敵で誰が味方なのかが把握できない状態です。

今回、久しぶりの書き込みは、ある二人の市民記者の悲報を耳にしたからです。Hadi al-AbdullahとKhaled al-Essaです。Khaled al-Essa(24 or 25)はイドリブ北西の小さな町、Kafranbel or Kafr Nablの出身です。6月16日、彼らが拠点としていたアレッポのアッシャール地区の自宅前で二人は仕掛け爆弾により重傷を負いました。すぐさまトルコに搬送されましたが、24日、Khaled al-Essaは殉教しました。Hadi al-Abdullahは様態は安定していますが、楽観視はできない状態です。

なぜ二人が標的にされたのか。アッシャール地区は反体制派の支配地域です。僕が2012年11月にアレッポに滞在した際、メディアセンターはこの地区に設置されていました。前線からは多少の距離があり、アサド政権側に入り込む余地はありません。二人はシリアでの民衆蜂起から内戦に至る中で、常にアサド政権の暴力をメディアを通して伝えてきました。しかし、今年に入り、反体制派のアルカイダ系勢力と言われるヌスラ戦線にも反感を抱き始めました。

2016年2月、Hadi al-Abdullahは公然とヌスラ戦線を非難しました。「ヌスラ戦線はアルカイダから離れる意思がないばかりでなく、彼らのエゴのために他の反体制派組織との共闘も考えていない」。またKhaled al-Essaは故郷がヌスラ戦線支配下に置かれたことに不満を抱いており、ヌスラ戦線による住民への人権侵害を訴えかけていた経緯がありました。二人がアサド政権だけでなく、ヌスラ戦線からも煙たがられていたのは事実です。誰に狙われたのか。ヌスラ戦線は特に声明を出しているわけでもなく、現在は調査中ということです。

今月の26日にはイスラム国が5人の市民記者を処刑しました。その他にも報道されることを好まない反体制派組織は少なくありません。Syrian Network for Human Rights (SNHR)によれば、2011年3月から2015年4月までの統計で、463人の市民記者が殺害され、1000人以上が拘束、または誘拐されています。シリア人ですら、身の安全を確保できない状況下で、果たして外国人がシリア内部からレポートできるでしょうか。2015年4月のコバニでの取材を終えて、僕は一冊の本を書き上げました。なぜなら、今後、シリアには入れないだろうという漠然とした感覚があったからです。正解でした。もう二度とシリアには入れないかもしれない。残念で仕方がありません。

http://www.aljazeera.com/news/2016/06/reporting-syria-direct-threat-160628061015960.html

https://now.mmedia.me/lb/en/commentaryanalysis/567144-did-jabhat-al-nusra-assassinate-syrian-activist-khaled-al-issa

今回の件について思うこと

僕は人付き合いが苦手で、同業者同士の横の繋がりはほとんどありません。一人が好きだから、トラックのドライバーもフリーのジャーナリストもストレスを抱えることなく続けられるんだと思います。それでもシリアを取材するようになって、それも少しだけ改善され、たまーに連絡を取ったりする方がいます。

2015年6月初旬です。それまで二人の方が「これからトルコに向かいます」と連絡を受けて、待っていたのですが、二人ともトルコに入れず、僕もガッカリしていました。そんなとき、最も入れないだろうと思われていた、安田さんから連絡がありました。ハタイ県のアンタキヤに向かうと、安田さんがいました。 続きを読む

アレッポ北部の攻防戦

和平協議による事態の打開は虚しくも崩れ落ちました。日程がずれ込み、誰も期待していない最中で開催されましたが、数日後には一時中断を宣告されました。今月末に再開されるようですが、シリアでは戦火は衰える兆しは一向に見られません。

http://www.theguardian.com/world/2016/feb/05/syrian-refugee-numbers-continue-to-build-on-turkish-border

数万人のシリア人が難民となってトルコとの国境に押し寄せています。しかし、トルコ側は国境を封鎖したまま、難民は行き場を失っています。和平協議が行われている最中に、アレッポではアサド政権とその協力者、ヒズボラ、イラク、イランのシーア派民兵が地上から、空からはロシアが尋常ではない空爆を行い、反体制派の支配地域の奪還に乗り出しました。特にロシアの空爆は数分置きに無差別に爆弾が投下され、町や村を薙ぎ払いました。多数の死傷者が出ました。 続きを読む

命を落とした者たち

http://www.nytimes.com/2015/12/30/world/middleeast/syria-and-france-said-to-be-deadliest-for-journalists-in-2015.html

今年、殉職したジャーナリストは69人。そのうち40パーセントがイスラム国、アルカイダ系武装勢力に絡んだものです。the Committee to Protect Journalistsによる報告です。まだ26人が取材中に命を落としたかどうかを調査中とのことです。去年は61人でした。

1月にCharlie Hebdoの襲撃事件で8人が命を落としたフランスは二位です。そして最も多くの記者や写真家が殺害されたのは、やはりシリアです。13人になります。それでも過去の統計からみれば、シリアに関しては減少しています。2012年31人、2013年29人、2014年17人です。

ただこの数字は確実なものでだけです。特にシリアのような外部から閉ざされた世界ではまだまだ多くの記者、写真家、活動家が殺害されているでしょう。それに後藤健二氏が殺害されたのも今年になります。

http://www.middleeasteye.net/news/110-journalists-killed-2015-most-peaceful-countries-report-303324835

こちらは国境なき記者団からの報告です。2015年、110人のジャーナリストが殺害されました。ただし、大半は戦場とは程遠い比較的平和な国々で亡くなりました。67人が取材中に殺害されました。

2015年末までに確認されているところで、54人のジャーナリストが人質に取られており、そのうち26人がシリアです。153人が刑務所に送られ、23人が中国、22人がエジプトで占められています。

アサドの微笑み-追加-

BBCがアサドとの単独インタビューに成功しました。生のバッシャール・アル・アサドです。必見です。出来れば、テキスト化してほしい。リスニングだけだと聞き取れない箇所が多々あるから。

http://www.bbc.com/news/world-middle-east-31327153

インタビュアーはJeremy Bowen。冒頭からアサドに鋭い突っ込みをしています。シリアは国家が破綻(failed state)しているのではないか。もちろんアサドは否定します。外部からの勢力に土地を奪われているんだ。そして我々は国土を防衛するために戦っているんだ。さらに革命当初に話を移し、平和的なデモへの対処にシリア政府の過ちはなかったか。アサドは完全に否定はしませんが、デモ参加者にも問題があった(兵士や警察官を殺害していた)と述べています。 続きを読む

写真と共に綴られる激戦地-ドゥーマ-追加-

2月7日、シリア人権監視団が発表したシリアでの死者数は210060人。210000人を超えました。民衆蜂起から内戦に突入して4年近くが経過しようとしています。

http://www.investing.com/news/world-news/syria-death-toll-now-exceeds-210,000:-rights-group-327039

反体制派勢力が35827人、アサド政府軍が45385人、外国人武装勢力(ダーイッシュ、ヌスラ戦線など)が24989人、ヒズボラ640人を含めたシーア派武装勢力が3000人、子供が10664人、女性が6783人、計126648人。その他、85000人以上の死者を計上すると、211648人。シーア派と身元不明人がざっくりとしているので、より正確な数字として少なくとも210060人とシリア人権監視団は見積もっているのでしょう。 続きを読む

イスラム国の人質戦略

非常に残念な結果になりました。後藤さんに関して僕が感じることは、今後のシリア情勢を追えなくなった、その一言です。シリアのことを愛しているからこそ、シリアの将来の行方が気になるところです。後藤さんに限らず、シリアで殉教した老若男女問わず命を落とした方々も、今後のシリアの行方を見守ることができません。それは本人にとっては非常に悔しいことだろうと思います。

アサドと比べればイスラム国なんてちっぽけなもんだろう。僕はこう思いますが、やはり自国民が犠牲になり、はったりなのか本気なのか分からない憎悪を日本に向けられれば気持ち良いものではありません。人質に関してのNYTimesの記事を紹介します。 続きを読む