ダマスカスからの声

ああ!ダマスカスに行きたい。シャワルマ食べて、シーシャ吹かして、公園で日がな一日ボーとする。現在、ダマスカスには海外メディアがそれなりに入っています。日本のメディアも。もちろん正規のビザを取得しての入国なので、報道規制でガンジガラメにされていると思いますが。LATimesの記事を紹介したいと思います。

http://www.latimes.com/world/la-fg-syria-damascus-20130917,0,7553800.story

ドスンと重い音が鳴り響いても、ダマスカスの中心部で暮らす住民に動揺は見られない。砲弾は中心部(体制派支配地域)から郊外(反体制派支配地域)へと軌道を描いて飛んでいく。着弾する爆音を耳にするだけで、郊外が実際どうなっているのかは誰にも分からない。 続きを読む

ダマスカスからの声

まったくついていけない。情報の流れが速すぎます。軍事介入が行われるかどうか、その流れを目で追うことはあきらめました。ツイッターの呟きを参考にするぐらいにします。議会で否決されたとか、議会での承認が必要とか、艦艇が何隻配備されたとか、限定的空爆に留まるとか、空爆の日程はいついつだとか、標的はナンだとか、もう僕の頭がワーってなっちゃいます。特にブログだと数日前の記事なんか掲載しても、既に過去の遺物として処理されちゃうので、目まぐるしく動く昨今のシリア情勢、専門家の方々にお任せします。それにここまで大々的にシリアが脚光を浴びると、国内のメディアでもある程度の事情が把握できます。わざわざ海外からニュースを紐解く必要もないかなと思います。でも一つだけ記事を紹介したいと思います。かなり意訳しています。

http://www.latimes.com/world/middleeast/la-fg-syria-damascus-scene-20130901,0,1558019.story

シリアへの軍事介入に議会の承認を求めたオバマ大統領の決定はダマスカスの住民に一定の猶予を与えた。しかし、長くは続かないだろうと大半の住民が怯えている。化学兵器使用による報復措置に向けた軍事介入の手続きは着々と進んでいる。 続きを読む

ダマスカス情勢

シリア関連の記事を見かけると、条件反射的にお気に入りに追加するんだけど、半分も消化できていない。次から次へと新しい記事が更新されていくので、溜まる一方。吐き出したいんだけど、追いつかない。いい加減なことをブログに書き記すわけにもいかないので、結局、さっと目を通しただけで、そのままゴミ箱にいっちゃう。でも記事が山積みになるほどシリアは激しく動いています。それでは、本題に移ります。

The Institute for the Study of War(ISW)からの分析記事です。以前にクサイル陥落後のホムスでの政府軍と自由シリア軍との勢力図を時系列で丁寧に解説していました。シリアは何度も言うように複雑怪奇な様相を呈しており、何がどうなっているのか、この記事はどこまで信頼できるのか、その判断が非常に困難です。例えば、前述したクロワッサン禁止令。これを誤報だとする活動家の呟きを見かけました。北部は外国人部隊が乱立しており、彼らの幾人かはメディアを毛嫌いしています。そしてダマスカス。こちらは完全に外国メディアは蚊帳の外です。取材ビザでダマスカスに滞在している記者や写真家の大半が、報道規制の厳しさに不満を募らせています。そのためレバノンから密入国して、ダマスカス郊外に潜り込む命知らずのメディアの人間もいましたが、ホムスの陥落により、シリア-レバノンの国境もザルとはいかなくなったようです。ダマスカス、現時点で優位に立っているのはどちら側?政府軍?自由シリア軍(FSA)?

http://www.understandingwar.org/backgrounder/opposition-advances-damascus

政府軍はヒズボラやイランに支えられながら、ホムスを見事に陥落させた。しかし、シリア全土から反体制派勢力を駆逐するまでには至らなかった。破竹の勢いで勝ち進むほどの兵力は今のアサド政権には残されていなかった。むしろ、ホムス奪還作戦に重点を置いたため、首都防衛が疎かになった。

7月24日からFSA(rebel forces)が首都で大攻勢をかけた。政府軍は絶え間なくFSAの支配地域に迫撃砲や空爆の雨を降らせたが、市内中心部の象徴的な建物アッバーシーンスタジアムの一部の重要な施設とルクナディーン地区の電力施設をFSAに奪われた。さらにカーボーン地区では自家製のミサイルを周囲に配備し、政府軍を窮地に追いやり、バルゼ地区では政府系の主要な施設に攻撃を仕掛けている。しかし、首都ダマスカスはアサド政権にとっての最後の砦、FSAの勝利は限定的なものと見られる。

http://www.understandingwar.org/sites/default/files/Damascus-Aug2013_0.jpg

ダマスカスの勢力図です。色分けされているので、非常に分かりやすいです。ちなみに僕が初めてシリアの地に足を踏み入れた2012年3月、この地図上では全てが緑色でした。完全に政府側の支配下にありました。1年と5ヶ月でここまで勢力図が塗り替えられるとは、想像すらしてませんでした。補足します。①、ジョーバル地区です。ジョーバルは市中心部のアッバーシーンスタジアムと隣接する地区です。ルモンドの記者が命がけの取材を敢行したのがこの地区一帯です。②、バルゼ地区。首都ど真ん中です。③、カーボーン地区。④、アッバーシーン広場です。⑤はカーボーンとジョーバルの境目であり、FSAに包囲されている地域。⑥と⑦は政府軍の支配地域でしたが現在は係争中、そして首都で最も重要な施設であるメッゼ地区の軍事空港がある⑧になります。⑧は過去に何度となくFSAの襲撃がありますが、政府軍は持ちこたえています。また地図では指摘されていませんが、⑧に隣接するマーダミーヤ地区とダーリーヤ地区は人間だろうと猫だろうと犬だろうと、動くモノ全てが標的にされ、町は灰燼と化しています。

7月26日、政府軍の反撃が始まった。バルゼ、カーボーン、ジョーバルに空爆が行われる。翌日には地上部隊による奇襲攻撃が開始されるが、FSAが持ちこたえる。それ以後は双方に多大な犠牲を払いながらの一進一退の攻防が繰り返されている。ここで指摘されるのが、政府軍の弱体化である。首都でありながらも、FSAを圧倒するどころか、撤退を余儀なくされるほど追い詰められている状況は、ホムスに兵力を集中させているための首都防衛の欠落が見え隠れする。同時にメッゼ軍事空港やダマスカス国際空港も襲撃に曝されており、屈強と思われたアサドの牙城がじわじわと腐食に陥っている。そしてFSAは互いに結束することで力を増している。

バルゼ、カーボーン、ジョーバル地区ではFSAが手を握ることで、団結力を高めている。組織名はJabhat Fatah al-‘Asima(首都を切り開くための前線部隊)。主要な組織であるFarouq al-Sham Battalion、Habib Moustafa Brigadeを含めた23の大小異なる部隊が結集した組織である。以前はこの地区では政府軍の支配力が圧倒的に強く、反体制派勢力の多くが拘束されるという憂き目に遭っている。そのため地下組織として目立つことなく活動していたが、勢力図が徐々に塗り替えられ、今回の合併に至った。この合併が執り行われた頃、別の反体制派勢力である Ahrar al-Sham Brigadeがメッゼの軍事刑務所を襲撃している(7月25日)。彼らは8月初旬に「ダマスカスへの道が開かれた」と宣言し、反体制派が各地区での政府軍への攻勢を強めた。それは過去の例では見られないほど激しい戦闘へと発展した。

焦った政府側はメッゼ周辺での強制逮捕に踏み切った。反体制派に与する市民数百人を拘束し、人権状況、戦況を伝える活動家のチャンネルも多数閉鎖に追い込まれた。食料の配給を実施している人権団体の活動も停止するような工作が行われ、8月7日には東グータ(ダマスカス郊外)から市内に物資を供給する重要な拠点アドラで政府軍がFSAを奇襲、60名が死亡した。政府側はFSAに率いられたヌスラ戦線を襲撃した。反政府側は東グータ地区に食料を提供しようとしていたところを襲撃された。この事件は双方の意見に食い違いが見られた。

ダマスカスに展開するFSAにLiwa al-Islamがある。過去に少し遡ること2012年12月、彼らは9K33 Osa、またはSA-8 Geckoと呼ばれる旧ソ連製の短距離防空ミサイルを政府軍から奪った。精密な機器であるため即座に使用することは出来なかったが、1年以上の時を経た7月29日、この兵器を用いて政府側の軍用ヘリを撃墜している。場所は東グータ地区。Liwa al-Islamは「東グータ地区を飛来する全ての軍用機は撃墜される運命にあるだろう」と語る。空域が唯一不可分の領域である政府軍にとって、この声明は脅威である。

反体制派勢力の内部分裂は数々指摘されるが、政府側にもその傾向は見られる。ホムスを陥落させた際に協力を仰いだヒズボラ、イラクからの志願兵であるシーア派部隊。彼らはアサドへ忠誠を誓っているわけではない。自らの利益を追求するための打算的な要素を多大に含んでいる。果たしてどこまでアサド政権が彼ら、外国人勢力をコントロールできているだろうか。また別の問題もある。当初は空爆による町の破壊を最小限に抑えるために交渉を優先させていた政府軍が、現在では反体制派の激しい抵抗により自らの陣地を防衛するため、率先して空爆を行っている。この蛮行に対して、政権内部の一部の人間から不満の声が上がっている。未来を見据えたシリアの行く末を考える上で、彼らはダマスカスをアレッポやホムスのような焦土化にしたくないという思いがある。

先日、激戦地で現在は政府軍の支配地域であるダーリーヤ地区にバッシャール・アサド大統領が兵士の歓迎に訪れた。彼は一言「sure of victory」と兵士たちを前に語った。西側メディアは彼の言動に対して「アサド政権はまだまだ磐石だ」という意思表示ためのパフォーマンスだと捉えた。反政府勢力の攻勢に手を焼いている政府軍が大統領を担ぎ出してのアピールであると。ダマスカスの情勢を見る限り、ホムスでの戦勝は首都で活動するFSAにさほど大きな影響を与えていない。むしろJabhat Fatah al-‘Asimaに見られるように、首都で奮戦するFSAは結束を固めている。まさに雨降って地固まる。爆弾降り注いで結束固まる。FSAの視点から考察すれば、そうなるだろう。

そして記事は国際社会でのシリアとの関わり合いについて述べています。首都の情勢に注意を払いながら、現場に即した状況判断が国際社会には求められる。既にレバノンやヨルダンを含めた周辺諸国へのシリア内戦の波及、うなぎ上りに増え続ける難民の数、事態は予断を許さないというわけです。ただ、この分析記事を鵜呑みにしていいのだろうかと少しばかり思っちゃいます。この記事は全面的に反政府勢力の肩を持っています。でも僕の中では現在のダマスカス、政府軍がFSAを押し返しているような印象があります。やはり・・・現場に行かないと駄目なんだろうなあ。ダマスカス・・・遠すぎる。天国からは一番近い場所なんだけど。

シリアの経済状況と内戦下で暮らす人々

長期化する内戦で、シリアの台所事情は火の車。物価の高騰、シリアポンド(SP)の急落、経済制裁。金持ちは祖国を捨て、中間層は貧困層に転落し、貧困層は死につつある国。経済が回らなければ、国家の運営が立ち行かなくなるし、そこで暮らす人々は飢えるしかない。

http://www.washingtonpost.com/world/middle_east/plunging-currency-adds-to-syrias-gloom/2013/07/16/f0d53210-ed6b-11e2-bb32-725c8351a69e_story.html

海外に取材に行く際、銀行で円をドルに両替します。民主党政権下では未曾有の円高に見舞われ、日本経済は別にして、僕自身は大変助かりました。シリアの通貨はどうなんでしょうか。今回の民衆による革命が起こる(2011年3月)以前は1ドル=47SPでした。その1年後に僕がシリアを訪れた際のレートは1ドル=76SP(闇両替)。正規だと1ドル=61SPぐらいだったかな。そして現在のシリア、先週の闇両替でのレートは1ドル=300SPオーバーです。 続きを読む

首都ダマスカスを空爆

バニアスでの虐殺に関する記事を探そうとしても、目新しいものが見つからない。先ほど確認したバニアスでの新たな映像には大量の遺体と共に政府軍が村内を闊歩していました。撮影者は政府軍の兵士だと思われます。まだまだ殺戮は続いていると想像していますが、昨日のイスラエルの空爆が全てを吹き飛ばしました。カシオン山の軍事施設をイスラエルが空爆し、火薬類に引火したのか、巨大な火の玉がダマスカスの夜空を真っ赤に照らし出しました。

http://www.youtube.com/watch?v=f_j8ID-m1pU&feature=youtu.be

シリアの真下に位置するイスラエルは革命当初から沈黙を守り続けていた。無関心でいられるはずもなく、黙って静観していたのだろう。しかし、シリアのアサド政権とレバノンのヒズボラとの連携が、長期化する内戦の中で、徐々に緊密性を帯び、中東の目の上のタン瘤、イスラエルを突き動かした。

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ダマスカス

今朝、ツイッターを眺めていたら、ダマスカス郊外の町で85人以上が死亡というニュースが流れてきた。ロイターからの報道によれば、ダマスカス郊外の町Jdeidet al-Fadelで、政府軍が大量に町に流れ込み、住民を大量に殺害したというもの。シリア人権監視団は少なくとも80人が死亡したと報告している。この町は数日前から政府軍に完全包囲され、自由軍と激しい戦闘を繰り広げていた。そして昨日、包囲網が突破され、政府軍がなだれ込み殺戮が行われたらしい。250人から400人が殺害されたと報告する市民記者もいる。ただし、全容がまったく見えてこない。昨日だけでシリア全土で540名が命を落とし、そのうち470人ほどがダマスカスだとシリア人権監視団は報告している。 続きを読む

シリア関連の記事

北朝鮮、暴走してますね。でも僕の関心事はシリア。これから度々、シリア関連の記事をこのブログに掲載していきたいと思います。ただシリアの記事は膨大にあります。僕も資金稼ぎやら、アラビア語の勉強、何やかんやで時間にも限りがあり、何となく日々チェックしているシリアのニュースで興味を抱いたものだけランダムに掲載していきます。シリアに興味のない方は退屈だろうけど、もともと過疎化してますし、僕も現地には当分行けないので、かといって放置もできない、ということで・・・まあ、適当にまったりと更新していきます。

それと、真面目にシリアのニュースを取り上げている日本の報道機関は皆無なので、引用する記事は全て海外のメディアからになります。英語に自信があるわけでもないので、誤訳やら勘違いをしてしまう可能性もあります。誤りが見つかり次第、訂正をしますが、英語が理解できる方は直接、その記事のページに飛んでください。 続きを読む

Two years into the uprising

シリアでの民主化の波が押し寄せたのが、2011年3月とされています。正確な日付は定かではなく、3月中ごろから首都のダマスカス、北部のアレッポ、南部のダラーなどで大規模な反政府デモが発生しました。隣近所、肉親でさえ、政治の話題を口にしないほど厳しい言論統制が敷かれていたシリアで、「アラブの春」に触発された国民が立ち上がりました。

「シャーブ・ユリード・イスカータ・ニザーム」。アラビア語で「シャーブ」は「国民」、「ユリード」は「望む」、「イスカータ」は「落ちる」、「ニザーム」は「政権」。つまり、「国民は(アサド)政権が崩れることを望んでいる」という文句を大声で熱唱して、旧国旗を振り上げていました。その他にも「アッラー・スーリヤ・ホッリーヤ・バス(神とシリアと自由、それだけで十分だ)」とか「アダム・スンニ・ワヒド・ハイヤ・アルジハード(スンニ派の血は一つとなってジハードに向かおう)」とか「サウラー・サウラー・スーリーヤ・ホッリーヤ(革命!革命!シリアと自由に!)」などなど。実際に、僕が滞在していた2012年4月のダマスカス郊外のドゥーマ、2013年に訪れたアレッポでの反政府デモでこのような言葉が飛び交っていました。 続きを読む