ジャーナリストの素質-シリアを取材するということ-

余談です。

僕は詳しくジャーナリズムについて学んでいるわけではありません。大学はマスコミ系の学部でしたが、授業は必須科目以外は受講せず、それ以外は他学部、他学科(単位取得が容易な講義)ばかりに出席していました。なぜなら、僕の学部があまりにも退屈だったからです。

僕は決して頭が良いわけではありません。むしろ悪い方です。でもジャーナリストは頭脳明晰で状況判断に優れた人間が携わる職業です。にもかかわらず、僕がジャーナリストと名乗っていられるのは、唯一、行動力があるからだと思います。 続きを読む

シリアを取材するということ-追加-

気持ちがモヤモヤしています。今回の人質事件、個人的な考えは多々あります。ただ僕が感想を述べたところで、何か進展があるわけでもなく、面識もないため身勝手で無責任な発言は出来ません。ただ無事を祈るばかりです。

紛争地を取材する記者や写真家には大きく分けて二通りあると思います。根拠のない自信を振りかざして、どんな場所でも「俺だけは絶対に大丈夫」と思い込んでいる理想主義者とあらゆる死をリアルに思い浮かべた上で覚悟を決めて戦地に乗り込んでいる現実主義者。

理想主義者の利点は危険を顧みない行動故にド迫力のある映像や写真が撮れますが、死傷率も必然的に高くなります。現実主義者の利点は慎重であるが故に映像や写真は控えめですが、死傷率は低下します。僕はカシミールで被弾するまでは前者であり、被弾してからは後者に自然と移行しました。この職業は常に死と隣り合わせなのだと今は意識しています。

しかし、シリアは現実主義者にとっても非常に危険な紛争地です。慎重であっても、死を回避することは困難な場面が幾度も訪れます。僕は可能な限りの「死に様」を頭の中で思い描いてきました。そして全てを受け入れた上で取材を敢行していました。しかし、一つだけ抜け落ちていました。あえて考えないように、目を背けていました。それが今回の事件です。人質とされて処刑される、または交渉の道具として扱われる、という可能性です。

僕の考えが甘かったのか、もしくは人質とされることを選択肢に加えた時点で、二度とシリアには足を運べないことを理解していたから、これまであえて選択肢から外していたのか。でも、今回の件で「人質になるという可能性」が現実に起こり得るのだと実感しました。

僕が本気で理想とする紛争地がシリアでした。フリーとしての本領が発揮できた場所でもありました。でも再度足を踏み入れることはありません。「行かない」と言いつつも、目の前に人参をぶら下げられると、ついついこっそりと入り込んでいましたが、人参だろうと金塊だろうと何をぶらさげられても、シリアが安定するまでは今後二度と訪れることはないだろうと思います。

生の声は伝えられませんが、これまで通り、間接的にシリアのニュースは拾っていきたいと思います。よろしくお願いします。

誘拐について-追加-

イタリア人の女性が解放されたニュースを取り上げた直後に今回のニュースが飛び込んできました。誘拐の形態も様々です。部隊に従軍している際に敵側の奇襲攻撃を受けて、拘束されるケースもあれば、フィクサーが金に目がくらんで第三者に譲り渡すケースもあります。誘拐がイスラム国の専売特許であれば、イスラム国の取材を避ければ、誘拐される心配もありませんが、残念ながら、イタリア人の女性の誘拐犯はヌスラ戦線とされています。その他にも外国人を狙った犯罪がシリアでは常態化しています。決してイスラム国だけが誘拐に手を染めているわけではありません。

例えば、僕が前回訪れた2014年5月、従軍した部隊「ムジャヒディーン軍」から「タケシを誘拐したら日本政府はいくら出す?」と問われたので、「100万ドルぐらいじゃない」と答えたら、「安いなあ」と笑っていました。もちろん彼らは冗談で言ったつもりですが、「誘拐」がビジネスとしてシリアで浸透していることがうかがえます。 続きを読む

シリアを取材するということ

報告が遅れましたが、「Articles」に僕が発表してきた記事と写真をアップしました。もしよろしければ、時間があるときにでも見ていただければと思います。そしてこれまでの掲載誌を改めて見返すと、やはり「シリア」は売れるのだと気が付きます。もちろんすんなりと掲載できるわけでもありませんが、正当な評価を得られることがシリアでの取材の僕のモチベーションにも繋がっています。インド、アフガニスタン、パキスタン、「これはイケる!」と意気込んで出版社に乗り込んでも、編集者の反応がイマイチ。編集会議にすら届かない取材も数多くありました。 続きを読む

シリア

山本美香さんが亡くなって、8月20日で2年が経過しようとしています。この2年間、日本人で幾人か(僕も含めて)がシリアに何かしらの目的を抱えて入国しています。特に表沙汰になるような事件もなく、情勢の悪化は懸念されるべきですが、邦人の犠牲者は報告されていません。

今回の一件(ご存じかと思います)に関しては、詳しい報道を見ていないので、勝手なことは発言できません。ただ彼が仮に反体制派側の傭兵であるならば、同情の余地はありません。どれだけの罪なき人々がシリアで殺戮されているのか、国籍問わず命の優先順位としては彼は最下位です。もちろん僕も最下位です。

メディアの人間もシリアでの取材は差し控えるべきだというのが国際基準です。同情はできませんが、これから彼の素性が明らかになれば、多少の譲歩も許されると思います。そう願います。やはり日本人が犠牲になるのはつらいです。同時にこれからシリアを取材する際の障壁にもなります。

ブログは休止していますが、まさか!と思えるような事態に困惑したので書き込みをしました。僕はひたすら働いています。今はそれぐらいしかやることがないので。

しばらくお休みします。

ブログの更新を続けてきましたが、少しの間、お休みします。

理由はこのHPが中途半端なのと、本業(トラックの方です)が忙しいのと、その他に余った時間は可能な限りアラビア語の勉強に力を入れたいからです。シリアのニュースは目で追いますが、その程度で終わりにします。

とにかくシリアを取材するにはアラビア語が必須だと僕は痛感しています。前回は殉教したファラズダックが英語を流暢に話せたのを除けば、ほとんどがアラビア語オンリーでした。アンミーヤ(方言)が厄介ですが、フスハー(標準語)がある程度できれば会話は成り立ちます。

次回のシリア行きがいつになるかは分かりません。出来れば、そのときまでに平和が訪れていればいいのですが、その兆しは一向に見られません。たまたまビザが下りたからちょっと足を運んでみよう程度の感覚で訪れたシリア、まさかここまで僕を引き付ける取材先になるとは思ってもみませんでした。

それでは、またいずれ、どこかで、さようなら。ありがとうございました。

掲載誌-軍事研究-

現在発売中の「軍事研究」にシリアの写真と記事を掲載しています。巻頭グラビア3ページと記事になります。これで今回の発表は以上になります。

「サンデー毎日」や「週刊金曜日」では取材した内容の一部しか紹介できませんでした。それを補足するのが「軍事研究」になります。毎回、原稿用紙25枚はいただけるので、全てではありませんが、一通り取材した内容を書き記すことができます。

写真は苦手です。それでも売り込み用に撮影はしています。一眼レフは埃をかぶり、シリアでの取材は全てコンデジでの撮影です。「LUMIX DMC-LF1」と「LUMIX DMC-LX5」を併用しています。それでも発表するには申し分のない画質での撮影が可能です。持ち運びにも便利です。

僕は書くことが好きです。幼少期から話すことが苦手だったから、書くことに意識を集中させてきました。上手い下手は別にしても、何とか発表できる程度にまで文章を形作ることはできました。いずれはシリアの取材をまとめて一冊の本にできたらと思うのですが。。。それまで生きていればいいなあ。

専門誌なのでどこにでも置いてあるわけではありませんが、機会があれば一読していただければと思います。よろしくお願いします。

掲載誌-週刊金曜日-

現在発売中の「週刊金曜日」にシリアの写真と記事を掲載しています。

ここ最近、まったく更新していませんが、理由は詳しくシリア関連の記事に目を通していないからです。ツイッターから流れてくる情報に目を向けているだけです。ISIS(今はISかあ)に絡んで、北部が注目されているようですが、ドゥーマ(ダマスカス郊外)もISと反体制派が衝突しています。

もうどうなるのか分かりません。貢物を携えてISに流れている反体制派もいるようですし、デリゾールもISの手に落ちたという情報も流れていますし、アレッポも予断を許さない状況です。アレッポがISに占拠されれば、再びイドリブ県が脅威にさらされます。僕はISのメンバーと接触していませんから、下手なことは言えません。ただ僕が従軍した反体制派組織、ジェイシュ・アル=ムジャヒディーンがISに迎合することは決してありません。彼らは必至の抵抗をするでしょう。

今月からアラビア語の授業に復帰しました。これからはアラビア語とシリア情勢の分析と資金稼ぎにしばらくの時間を費やします。またゆっくりとシリア関連の記事を読み解いていけたらと思います。よろしくお願いします。

掲載誌-サンデー毎日-

現在発売中の「サンデー毎日」の巻頭グラビアにシリアの記事と写真を掲載しています。

えーと、これだけじゃツイッターと変わらないので、何か付け加えたいのですが、記事に書いてある殉教したファラズダックについて。イドリブ県のブズガルという小さな村が彼の故郷です。3日間、彼の家に滞在したことがあります。葬儀にも参列しました。その際、彼の父親から「息子のことを書いてくれ」と言われました。

フリーランスにとって必要なことは3つあると思います。一つ目が取材費稼ぎ。僕の場合は取材は常に赤字なので、それを補填するためにトラックのドライバーをしています。金がなければ始まらないですから。二つ目が取材。僕は一から取材ルートを構築します。シリアに入国する手段から現地での滞在先から取材目的の達成まで。毎回、成功するわけではありません。三つ目が発表です。ブログやツイッターで取材報告するのが一番手っ取り早いのですが、実績には繋がりませんし、やはり取材された側への礼儀、責任、配慮からどこかのメディアで広く伝えることが重要だと考えます。

発表は一番体力を使います。なぜならうまくいかないことが大半だからです。売り込んでも売り込んでも落とされます。なので今回のシリアの取材も発表できるか不安でした。特に「息子のことを書いてくれ」と言われたときは、思わず目を伏せちゃいました。なので今回、彼、ファラズダックのことを記事にできたのは、本当に良かったです。では、また掲載誌が決まれば、お伝えできればと思います。

ブログについて

シリアのニュースだけ書き込みをしてきました。まさか毎日、毎日、シリアのニュースがこれだけ多様に報じられて更新されていくとは思いもよらなかったです。ただ、このブログは他人の記事を

シリアのニュースだけ書き込みをしてきました。まさか毎日、毎日、シリアのニュースがこれだけ多様に報じられて更新されていくとは思いもよらなかったです。ただ、このブログは他人の記事を多少の主観を織り交ぜて翻訳しているに過ぎません。誰だって、少し英語が出来れば、辞書を片手に時間をかければ無料で海外から記事を拾えちゃいます。その程度のブログです。

百聞は一見にしかず。現場に直接足を運んで、見たこと聞いたことを報道するのがジャーナリストの仕事だと思っています。ただ残念ながら、今のシリアは記者や写真家にとっての墓場です。自己責任と言えども、誘拐された際に身代金をポケットマネーで払えるのか、殺害された際に悲しむ家族や恋人や友人はいないのか、自己責任ではなく、シリアで取材することは自分勝手な行動です。

それではこのまま現地の活動家だけに任せてシリア情勢を眺めていればいいのか。二の足を踏んでいる時点で僕はもうシリアからは遠ざかっていると感じています。難しいことを抜きにして、ただただ突っ走るのが駆け出しの頃の僕の報道姿勢でした。それが唯一の僕の取り柄でした。でも悲観的なことばかりが頭を掠めて、楽な方へと逃げることばかり今は考えています。悔しいけど、どうしようもない。

2年前のダマスカスでの体験が僕をシリアに導いてくれました。正義感は他人に押し付けられるものではなく、自分自身に植え付けられるものだと実感しました。しかし、2度目、3度目とアレッポに足を運び、限界だなあと感じ、状況の改善を待つこと1年、ますます悪化してしまいました。愚痴、申し訳ありません。

ブログは変わらず更新していきます。目新しいことは特にありませんが、これからもよろしくお願いします。

身に植え付けられるものだと実感しました。しかし、2度目、3度目とアレッポに足を運び、限界だなあと感じ、状況の改善を待つこと1年、ますます悪化してしまいました。愚痴、申し訳ありません。 ブログは変わらず更新していきます。目新しいことは特にありませんが、これからもよろしくお願いします。