ブログ休止中

ブログの更新は久しぶりになります。

自分勝手ではあるのですが、ブログの更新は今後もしばらくありません。申し訳ありません。日々、シリア関連のニュースには目を通しているのですが、ブログに書き記すほどの気力がありません。これまでいくつかの記事を丹念に読み解いて、僕の個人的な見解も含めて、ブログを更新してきました。ただ、ご存じかとは思いますが、シリア、取材に足を運べる状態ではありません。

ブログの更新は僕自身、備忘録として活用してきました。シリアで一冊の本を書き上げましたが、その際にもこのブログは非常に参考になりました。またシリアに取材に向かう際には、どの勢力がどの辺りを支配下に治め、どの国境が開かれているか、戦況の変化などを窺う際にも、役立ちました。

僕はシリアに入ることを現時点であきらめています。去年、二度トルコに足を運び、シリア入りを目論みましたが、断念しました。これまで5度シリアに入国し、そのうち3度は密入国です。それほどシリアに入るということは、リスクを背負うことになります。さらに、去年辺りから、国境の警備は非常に厳しくなりました。これまでは黙認されてきた密入国ルートが片っ端から潰されています。シリア人の友人ですら、出入りが困難な状況です。

「タケシ、もうシリアに入るのはあきらめろ。俺一人だって、大変なのに、お前みたいな外国人を連れて、入国なんてできない。シリアに入れば、何とかしてやるが、シリアに入るまでが大変だ。トルコ側が厳しく制限している」

今年の1月にトルコのある都市でシリア人の友人から言われた言葉です。彼はムジャーヒディーンですが、その彼ですら、親族訪問でトルコを訪れたはいいが、シリアに帰る段階で、足止めを食らっていました。ただ自暴自棄になれば、入ることは可能です。でも僕にはそれだけの勇気も根性も情熱もありません。

これからは黙ってシリア情勢を眺めていくだけです。ただし、ツイッターの方は更新します。ブログは更新に労力と時間を費やしますが、ツイッターはブログと比べれば、気軽に更新ができます。そちらの方を見ていただければと思います。

もし仮に、今後、ブログが頻繁に更新されるようなことがあれば、そのときはシリア入りのチャンスが到来したのかなあと勘ぐっていただければと思います。実際に入るとなると、誰にも言いませんが。シリア情勢は5年以上、見続けています。それでも常に継続的に世界のニュースのトップを占めています。それほど危機的な状況が何年にもわたり続いています。難民の数、死傷者の数、宗派、民族的対立、周辺諸国の関わり方、さらに大国同士のせめぎあい、イスラム国の台頭への脅威、戦争を誘発する起爆剤がふんだんに盛り込まれているのが、シリアじゃないかなあと感じています。

いつかシリアが平和になったら、殉教した友人の墓参りに行きたいです。

トルコ訪問について

数日前にトルコのイスタンブールに到着しました。同業者がトルコ入国に際して、強制送還の憂き目にあっています。どういった基準で入国の許可、拒否を行っているのかは定かではありませんが、僕は無事に入国することができました。ただし、かなりの遠回りをしての、長時間の旅路でした。

仮に僕がリストに登録されていて、その網目を縫って入国していたとしたら、妨害を目論んでいた方々には残念なお知らせかもしれません。ただ、僕自身は外務省や警視庁の方々から忠告をいただいており、彼らの言い分も十分に聞き入れています。互いの意見の対立はありますが、僕自身は物事を荒立てたくはありません。特に外務省には以前にカシミールで被弾した際にはお世話になっています。

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フリージャーナリストという職業について

シリアから離れて、これは余談になります。ただの愚痴になるかもしれませんが、いつ役立つとも分からないアラビア語の勉強を一人黙々としていると、ときたま不安に襲われます。どうしてフリーのジャーナリストなんて志したんだろうと後悔さえします。

僕はジャーナリストに憧れていました。でも頭が悪かった。さらに興味のある対象にしか注意がいかず、視野が極端に狭かった。それでもジャーナリストになることが諦めきれず、そのまま軽い気持ちでフリーを志しました。本多勝一や開高健の影響もありましたが、戦場だったら裸一貫でフリーとして活躍できると手始めに慣れ親しんだインド、ジャンム・カシミール州に足を運びました。

初めての取材が雑誌に掲載されたとき、僕の文章と写真がお金になった、つまりジャーナリストとして認められたと素直に喜びました。でもそれは僕だけが感じていたことで、それから10年、踏んだり蹴ったりで、何とかギリギリのところで取材を継続してきました。たぶん、フリーになると意気込んでいる方々の大半が、この10年でふるい落とされるんだなあと身をもって感じました。 続きを読む

人として

シリアを取材して初めて心の底から伝えなきゃと思いました。以前までは伝えることは「取材に協力してくれた方々への礼儀」、「ジャーナリストとしての義務」という側面が強くありました。でも、初めてシリアを訪れ、そこで目にした光景は、ジャーナリストという職業とは関係なく、一人の人間として、伝えないといけないという思いが自然と湧き上がってきました。

これほどひどいことが行われているのに、どうして誰も助けてくれないのだろうか。一時的ではあれ、現場に身を置くと、そう感じます。この惨状を世界に伝えれば、状況は改善されるかもしれない。多くのジャーナリスト、市民記者、活動家がシリアの窮状を世界に訴えかけました。しかし、戦況は悪化し、死者は増え続けています。それでも報道は止みません。シリアの様子は毎日のように流れてきます。

報じたところで今すぐ戦火が止むわけではない。救いの手が差し伸べられるわけではない。でも伝えなきゃいけない。そう思わせているのは、ジャーナリストだからとかではなく、やはり人間だからだと僕は思います。戦争は殺し合いです。そこに人道だとか人権だとか甘い言葉は通用しません。でもただ殺されている人々を黙って見ていられないのが人だと思います。だから世界はシリアを報道し続けるし、僕もお金にはならないけれど、時間が許す限りブログを更新しています。

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今回の件について思うこと

僕は人付き合いが苦手で、同業者同士の横の繋がりはほとんどありません。一人が好きだから、トラックのドライバーもフリーのジャーナリストもストレスを抱えることなく続けられるんだと思います。それでもシリアを取材するようになって、それも少しだけ改善され、たまーに連絡を取ったりする方がいます。

2015年6月初旬です。それまで二人の方が「これからトルコに向かいます」と連絡を受けて、待っていたのですが、二人ともトルコに入れず、僕もガッカリしていました。そんなとき、最も入れないだろうと思われていた、安田さんから連絡がありました。ハタイ県のアンタキヤに向かうと、安田さんがいました。 続きを読む

僕が伝えたかったこと

月曜日から金曜日、13時から15時半放送の文化放送「大竹まことゴールデンラジオ」にゲスト出演しました。人前で話すことに慣れていない僕ですが、周りの方々にフォローされながら、何とか20分ほど無事に話すことができました。ネームヴァリューに関係なく、純粋に僕の本を評価してくださった大竹さん、文化放送の方々には感謝しています。こちらから聞けるかと思います。

http://www.joqr.co.jp/golden/

ただ時間がなく、しかも緊張して、さらに口下手なので、伝えたくても伝えられなかったことがあります。それを書き記したいと思います。

シリアは戦争をしています。そんなこと誰でも知ってるじゃん。そう思う方々が大多数だと思います。それでは戦争とは何か。人が殺しあうことです。これも当たり前のことです。でもこの当たり前のことを理解することなく、国際社会はシリアを放置してきました。外から見たシリアと内から見たシリアには大きな違いがあります。 続きを読む

自著について

今、ブログの記事をカテゴリー分けしています。これが結構、面倒です。自分で言うのもなんですが、、、よくこんなにいくつも記事を書いてるなあって少し感心しちゃいました。けど、ブログを開設してから3年が経過すれば、記事もそれなりに貯まるのも当然だし、2、3カ月更新してなかったりもするから、シリアの現状を伝えるという立場からすればまだまだ足りないなあと反省したりもします。

改めて宣伝させてください。僕のブログなんで、自著を紹介しないわけにもいきません。今月、本を出しました。タイトルは「シリア 戦場からの声 内戦 2012-2015」です。これまでのシリア取材をまとめたものになります。大きな書店、ネットストアで購入が可能です。

2012年3月、ダマスカス・ドゥーマ、2012年10月、2013年2月、アレッポ、2014年5月、イドリブ・アレッポ、2015年4月、コバニ。これがシリアの取材で訪れた地域です。どの取材も本を書き上げる上で欠かすことができませんでした。ただ字数にも限りがあり、零れ落ちたエピソードも多数です。それらのエピソードを取り除いて、原稿に書き加えたのが、ダマスカス・アレッポでの一斉蜂起、虐殺事件、化学兵器の使用、ISISの台頭、犠牲となった日本人の方々などです。あとはちょろっと僕のことも書かせていただきました。

今のシリアの現状は複雑です。本の最初に地図と勢力関係図を書き入れましたが、勢力関係図に関しては苦労しました。ただこの勢力関係図は自作であり、他の方が見れば、また違った関係図が生まれることだろうと思います。また同じ組織でも地域によって他の組織との関係(協力してたり、敵対してたり)が異なったりします。そして月単位で勢力図にも変化が見られます。あくまで参考に見ていただければと思います。

その複雑なシリア情勢ですが、僕が初めて訪れたときは、そんな気配はありませんでした。反体制派とアサド政権。その構図が長引く内戦で変容して現在に至ります。どのようにシリアが変わっていったのか。そのことが読者の方々にうまく伝わればいいのですが。苦労しましたが、頑張って書き上げました。気軽に買えるほど値段は安くはありませんが、よろしくお願いいたします。

しばらく現地には取材に行けないですが、これからも引き続きシリアの出来事をブログを通して伝えていければと思っています。

あけましておめでとうございます

2013年、2014年、2015年、毎年、同じ抱負を掲げていました。実現不可能な抱負であり、もちろん実現されていません。その抱負とは「今年こそ必ずドゥーマに行く」です。ドゥーマとはダマスカス郊外にある町です。2012年3月、僕はダマスカスに降り立ち、4月からの1カ月間をドゥーマで過ごしました。毎日のように戦闘が発生し、多数の死者が出る中、私はドゥーマの住民の一人として本当に心の底から「こんな世界はおかしい。なぜ誰も助けてくれないんだ」と憤りを感じました。

シリアは世間一般に知られている常識から逸脱している世界です。既にいくつかの紛争地を訪れている僕にもシリアで行われていることは飛びぬけていました。そして改めてこれが戦争なんだなあと実感しました。戦争とはこういうものなんだ。つまり、戦争だからこんな理不尽な世界も許されるんだなあと理解しました。 続きを読む

3年に渡るシリアの取材について

現在、ドイツに難民として移り住んでいる友人から、昨日知らされました。「アブ・カリームが殉教した」と。2週間ほど前には「アリーが殉教した」と聞かされたばかりでした。2014年の5月から1カ月余り、反体制派組織「ムジャーヒディーン軍」に従軍した際に知り合った仲間の幾人かが既にこの世を去っています。彼らと過ごした時間は本当に僕にとって一生の宝物です。

ブログの更新は久しぶりです。ずっと何をしていたのかと言えば、原稿を書いていました。別に誰かに頼まれたわけでもなく、ただひたすらこれまでのシリアでの取材をまとめていました。そしてある程度出来上がったものを出版社に持ち込んでは売り込みをかけていました。なかなか首を縦に振ってくれる編集者がいない中で、何とか拾われました。捨てる神あれば拾う神あり。たぶん来月中旬か下旬に刊行になります。 続きを読む

無事に帰国しました

大変、ご無沙汰していました。

このブログを見ている方ならツイッターも確認済みだと思っていたので、ブログの更新を怠っていました。申し訳ありません。

今回は約3ヶ月、トルコに滞在していました。そのうち2週間はシリアに行っておりました。ただこの時期にシリアに入国したことで、外部の方から連絡がありまして、いろいろと忠告をされました。その際に「シリアには入っていません」と僕は言いました。これは決して嘘ではありません。厳密に言えば、僕はシリアではなく西クルディスタンに入っていました。見苦しい言い訳に聞こえるかもしれませんが、実際にコバニを訪れてみれば、ここがシリアでないことを実感します。もちろんシリアで戦う反体制派はこの言い分には猛烈に異議を唱えることだろうと思いますが。 続きを読む