停戦後の東グータの行方

アラビア語に触れない生活を10カ月ほどしていました。たまに現地のシリア人と会話をする際と週1回のアラビア語の授業を除いて。でも2週間ほど前から勉強を再開しました。特に理由はないのですが、時間を持て余していたので。なので、ブログは停滞してしまうかもしれません。ただシリアのニュースは毎日のように流れてきます。一時的な停戦が結ばれましたが、早速停戦違反の空爆が各所で行われているようです。

https://now.mmedia.me/lb/en/NewsReports/566674-regime-warns-residents-of-besieged-damascus-suburbs

停戦後、ダマスカス郊外の反体制派地域(東グータ)にアサド政権が上空からビラを撒きました。 続きを読む

イスラム軍司令官、ザハラーン・アッルーシュの死

昨日、ザハラーン・アッルーシュ(Zahran Alloush, زهران علوش)がロシア軍の空爆により殉教しました。彼は1971年生まれ、ダマスカス郊外のドゥーマ出身です。彼の息子の一人はサラフィー主義の説教師でサウジアラビアで暮らしています。彼自身もサウジアラビアのイスラム大学でシャリーアの修士号を取得している切れ者です。

https://en.wikipedia.org/wiki/Zahran_Alloush

どのメディアでも彼の死は大々的に報じられています。

http://www.theguardian.com/world/2015/dec/25/zahran-alloush-leader-syria-rebel-group-killed-airstrike

東グータ地域での会議中にロシア軍の空爆を受けました。アッルーシュの他に5名の指揮官が殺害されました。彼は経歴からも分かるように厳格なイスラム教徒です。アラウィー派やシーア派の排除を促す言動も見られました。しかし、イスラム国とも敵対しており、宗派間の抗争を煽るような言動は最近では見られず、西側諸国から受け入れられやすい人物だと思われていました。 続きを読む

シリアに今も残る人々

ご無沙汰していました。日本は安保法案で揺れていますが、世界の関心は欧州へと流入する難民をどうすべきかに注目が集まっています。メディアでも連日のようにトップニュースで報じられています。シリアでは2300万人の人口の半数以上が住居を追われ、400万人以上が国外に逃れています。しかし、今もシリアに残る人々がいます。彼らはどのように暮らしているのでしょうか。NYTIMESの記事を紹介したいと思います。

http://www.nytimes.com/2015/09/16/world/middleeast/for-those-who-remain-in-syria-daily-life-is-a-nightmare.html

ダマスカス郊外ドゥーマではアサド政権による砲撃や空爆から逃れる市民で溢れています。ドゥーマはダマスカスでは最も早く反政府デモが行われた町でした。反体制派と政府軍との戦闘は常態化し、日々、状況は悪化の一途を辿っています。ここ数カ月でのドゥーマでの政府軍による激しい攻撃を見れば、それは明らかです。砲撃と空爆が雨のように降り注いでいます。 続きを読む

ドゥーマでの虐殺-追加-

昨日、前回の取材でお世話になったムジャヒディーン軍の友人が2人、殉教しました。ムジャヒディーン軍との生活は僅か一か月、そのうち実際に従軍して前線に出掛けたのは2週間足らずです。たったの2週間ですが、死と隣り合わせの中で過ごす彼らとの生活は非常に中身が濃いものでした。特に僕は銃声の音を聞くだけで、ビクッと身体を揺らすほどの臆病者で、そんな僕のことをからかいながらも「俺たちが一緒にいるから大丈夫だ」と彼らは励ましてくれました。今も必死でアサド政府軍と戦火を交えています。

ドゥーマでの虐殺を書き記しました。日本の報道で今回のドゥーマでの市民への激しい空爆を報道してくれたメディアは皆無でしょう。なんて思っていたら、AFP、まあフランスの通信社ですが、一応、日本語でニュースになっていました。こちらになります。 続きを読む

ドゥーマでの虐殺

ドゥーマはダマスカスの中心地から車で30分ほどの距離にある大きな町です。2012年4月、僕は1ヶ月、この町で暮らしました。当時はダマスカスで唯一の反体制派、自由シリア軍が支配する町でした。毎夜、町の中心地であるジャーミア・カビール(大モスク)の広場で反政府デモが公然と行われていました。同時に政府軍、治安部隊、シャッビーハによる激しい攻撃を受け、部屋から一歩も出れない日もありました。

https://www.youtube.com/watch?v=ToagdK4e_fE

+18です。投稿した日付が2014年8月となっているので、少し古くなりますが、現在もこれと変わらない状況が続いています。アサドが「樽爆弾」を「cooking-pot」などと笑い飛ばしましたが、ミサイルや樽爆弾をドゥーマに投下させている本人の言葉とは思えません。タイトル冒頭に「مجزرة」とあります。辞書で調べると、「جزر」とあり、意味は「人参」。しかし、綴りが同じで別の意味もあります。動詞で「虐殺する」です。それに「م」が付いて、「مجزرة」は「虐殺すること」となります。 続きを読む

写真と共に綴られる激戦地-ドゥーマ-追加-

2月7日、シリア人権監視団が発表したシリアでの死者数は210060人。210000人を超えました。民衆蜂起から内戦に突入して4年近くが経過しようとしています。

http://www.investing.com/news/world-news/syria-death-toll-now-exceeds-210,000:-rights-group-327039

反体制派勢力が35827人、アサド政府軍が45385人、外国人武装勢力(ダーイッシュ、ヌスラ戦線など)が24989人、ヒズボラ640人を含めたシーア派武装勢力が3000人、子供が10664人、女性が6783人、計126648人。その他、85000人以上の死者を計上すると、211648人。シーア派と身元不明人がざっくりとしているので、より正確な数字として少なくとも210060人とシリア人権監視団は見積もっているのでしょう。 続きを読む

写真と共に綴られる激戦地-ドゥーマ-

ドゥーマの現状-AFPからのレポート-

http://blogs.afp.com/correspondent/?post/syria-s-hospital-of-horrors

私が暮らしている町は反体制派の拠点です。ダマスカス北東部に位置する人口20万人の町、ドゥーマ。既に1年以上もアサド政府軍によって包囲されています。毎日のように地上からも空からも銃弾と爆弾が降り注ぎます。またドゥーマも含めたグータ地域は2013年の8月、化学兵器が使用され、甚大な被害をもたらしました。 私が撮影した「病院」はドゥーマの地下に設営された簡易型の医療施設です。グータ地域から搬送される負傷者はここで選別されます。軽傷であればその場で治療を施し、重傷であればさらに別のより整備された病院へと運ばれます。 続きを読む

ゴーストタウン-アレッポ-

こんな映像がツイッターから流れてきました。

https://www.youtube.com/watch?v=-CvMOqnGo4U

両親がいない子供たちは自力で食糧を見つけなければいけません。この映像が事実なのか、それとも言わされているのか、第三者の目が不在であるため確認は取れません。ただ実際にダマスカス周辺の反体制派地域では飢えに苦しんでいる市民が大勢います。政府軍による兵糧攻めによって。

https://www.youtube.com/watch?v=H1QXZy2ajmA&feature=youtu.be

こちらはダマスカス郊外のドゥーマの映像です。政府軍の砲撃により17人が命を落としました。多数の負傷者も見受けられます。食料だけでなく、砲撃や空爆が容赦なく反体制派地域には降り注いでいます。その翌日も砲撃により、幼い子供とその祖父が亡くなりました。こちらは自己責任での閲覧でお願いします。

https://www.youtube.com/watch?v=Rv0p3GIQ0E8

ガザ情勢の報道が過熱しています。そのためシリアに関する記事が隅に追いやられている気がします。ガザとシリアが報道の度合いに差があるのは、理由は様々あれど、一番なのは外国のメディアが不在なのが大きいかなと思います。以前はシリアにも多くの海外メディアがいましたが、今はほぼ皆無です。取材ビザでアサド政権側から入国している記者はいますが。 続きを読む

Mapping Syria’s rebellion

http://www.nytimes.com/2013/07/18/world/middleeast/momentum-shifts-in-syria-bolstering-assads-position.html?pagewanted=1&_r=4&ref=global-home

シリアの「今」が綺麗にまとめられている記事です。アサド政権が反体制派の領土を徐々に侵食していること。それに対抗するべき武器の援助が欧米諸国から得られないことへの自由シリア軍(FSA)の苛立ち。FSAが存在することで空爆や砲弾の嵐に見舞われ徹底的に破壊される町と市民のFSAへの憤懣、憤怒。一致団結して政府軍に対抗すべき反体制派勢力の内部での分裂。外国人勢力の存在。それに比べて政府側はロシア、イラン、レバノンのヒズボラの支援の下で、クサイルを陥落させ、窮地に立たされた首都ダマスカスに多少の安堵感をもたらした。この記事には触れられていないけど、エジプトの政変にもアサド政権にとっては追い風になっている。左団扇で余裕かましてるのかなあ。アサドさんは。 続きを読む

化学兵器-追加-

レバノンの首都ベイルート郊外にロケット弾が着弾しました。まあ、それは日本のニュースでも報じられているので、別にいいとして。ちなみに首都ベイルートからバスで僅か2時間ほどの距離にある都市トリポリ。こちらは既に宗派間抗争が激化しており、スンニ派とアラウィ派が互いにバチバチと火花を散らしています。3日前にトリポリの知り合いから、市内にはレバノン軍の装甲車が隊列を成して走行し、夜間から明け方にかけて銃声が止まないそうです。

来月、国連主催でロシアとアメリカが牽引した体制派と反体制派との話し合いが開催される予定です。まったく無意味だと思いますが、それより、「化学兵器使用」に関する問題はどうしたのだろうかと疑問に思います。白か黒かはっきりしていない状態のまま放置されています。オバマが力強くお立ち台の上で「RedLine」と明言した化学兵器の問題はどうなったのだろうか。まるで臭い物に蓋をするかのように、気がつけば、「政治的解決」を目指した会議が組まれている。首を傾げざるを得ません。大国の思惑には僕はついていけない。 続きを読む